緑茶化ネットワーク★裏ホームページ
りょくちゃ~ずの愉快痛快な生活ぶりを人知れず公開。
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こんばんは、ゲーリーin JAPANです。
では最終回をどうぞ。


名医の診察は最初の腕引っ張り事件から散々なものだった。
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ねぎ姉です。

この間ゲーリーが「あたしとねぎ姉ちゃん」を書いていたので、それに対抗して「あたしとゲーリー」をお送りしたいと思う。



ねぎから見たゲーリーは、どうも年齢の割にはとても弱い、甘いという感じを受けた。それがまたねぎを本能的に面倒見てやらなきゃという気持ちにさせ、ついつい厳しくなってしまった。「ゲーリーよ、そんな風にしちゃダメでしょ~」そんな風に事あるごとに叱っていた。言い方を換えれば小姑みたいな感じかもしれない。一方厳しいねぎとは反対にハカセは叱られたゲーリーを慰める役だった。ねぎが厳しい父親だとしたらハカセは優しく包む母親、天使と悪魔で例えるなら天使がハカセで悪魔はねぎ、か・・・。ハカセはゲーリーを元気付けるのがうまかった。事あるごとにねぎはゲーリーに厳しくし、ハカセが勇気付け、元気を取り戻すのだ。「ハカセめ、いいところばかり持っていきやがって」と密かに思っていた。



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ねぎ姉ちゃんだよ。



>ゲーリー大佐

ごめんね、ゲーリーのコラムの途中で投稿しちゃって。



11月24日、11月25日は久々に瓦房に泊まった。ねぎが香港から帰ってきてから、カンヂカ中心の生活が始まり、気がついたら「これからはもう瓦房には泊まらない」ということになっていたようだ。いつから瓦房生活に戻れるんだろうと期待していたねぎにとってはちょっとがっかりした。瓦房には色々な想い出が詰まっている。その想い出を置き去りにしてきちゃったような気持ちだった。まあ瓦房はセキュリティも甘いし、寒いし、冬場のスタッフさんの作業としてもカンヂカにいる方がいいんだけどね。

でも、ハカセには瓦房3分場での調査があり、毎日カンヂカから瓦房の通勤ではどうしても調査が進まないということで、今回久々に瓦房泊を許された。原則瓦房には女の子だけでは泊まらないことになっているので、瓦房に用事のあった大山羊さんも一緒に。
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こんばんは、ゲーリーin JAPANです。
それでは昨夜の続きをどうぞ…。


全員でカンチカの宿舎に戻った私はさっそくもらった包みを開けて漢方薬をとりだした。
みるからに土である。土色なのである。
木の欠片みたいなのも見える。
なんじゃコレ…。こんなん飲むんかい??
とりあえずカレー皿の深くなったような大きなお皿に取り出して砂糖を入れてお湯を注いだ。
大量の泥水…。
第1印象はこんな感じだ。
とりあえず飲んでみる…。
まっずいっ!!まずーーいっ!!なんつうまずさだ!!
きなこ風味な感じはするけど何かが違う。
飲めども、飲めども減らない…。
吐き気をもよおしながらなんとか完食。
私が飲んだのを見届けて他のメンバーは食事に出かけていった。
その直後、突然ものすごい吐き気に襲われてトイレに駆け込んだ。


「吐き気はすると思うが絶対に吐くな!!」
と例の迷医名医に言われていたが、そんなことはしったこっちゃない。
あたしはまんまと吐いてしまった。
うあー絶対ムリ…。包みはまだ2日分あった。


その夜、激しい下痢に襲われた。汚い話で恐縮だが本当なので仕方ない。
眠ることもできずトイレの往復が続いた。


次の日になっても吐き気と下痢は続いていた。
おかげで食事は喉を通らなくなった。
毎晩『鳥が家に帰る時間(ちなみに6時半頃のようです)』が怖くなった。
飲みたくなかったし、吐き気のせいで飲めなかった。
それでも周りから「飲みなさい」とプレッシャーをうけ、私は飲まざるをえなかった。
3日間ずーっと吐き気と下痢は続き、夜も眠れず食事も喉を通らなかった。
私の精神はズタボロになって、両親に電話をかけて帰りたいと泣きついた。
骨を折る前から帰国は9月30日と決めていたのだが、その時は残り2週間足らずを中国でこの薬と共に過ごすのが心底辛かった。
その際、父は電話口にハカセを呼び出してこう言ったそうだ。
「なんとか最期までおらせてやってください。」
正直その時は何で帰らせてくれんのんや!!と腹がたった。
しかし今となってはそれで良かったと思っている。
あの時途中で帰国していたらきっとまた心残りができただろう。
でもまあ、それが分かるのはまだまだ先の話しなのだが…。


電話後、あまりの辛さにハカセに泣きついた。
「もう本当に飲めないよ…」
彼女の前で恥ずかしげもなく号泣した。
ハカセは「それじゃあ飲まなくてもいいように先生に言ってみよう」と言ってくれた。
そしてその後、前回の醜態を晒すはめになるのである。


さて、何でそんなにイヤだったのか。ちょっと分析してみた。
まずい
心底まずい。こんな味今まで食べたことない。
あの匂い、味、思い出しただけで吐き気がする。
ドロドロとした食感も否めない。
量が多い
半端ないほど多いのである。
最初はカレー皿1杯分ほど。
日がたつにつれ、量は多少減ってはきたが、それでもご飯茶碗1杯分はあった。
成分不明
この薬、例の名医が独自に調合しているもので一子相伝の技らしい。
奥さんもその中身については知らないそうだ。
何が入っているのか分からない、もしや虫とか??とりあえず木が入ってるのは間違いないと思われる。(だって欠片あったし)


さてここで余談だが、この名医について神と称される伝説が1つある。
彼はけっこうな歳になるまで独身でいた。
ある時薬の材料の調達のためか、はたまた修行か知らないが中国の南にあるとある街にいたそうだ。
そこで、足の悪い女性と出会う。
彼女はどんなお医者がみても全く治らず途方に暮れていた。
彼女の両親が「この子を治してくれたら嫁にやる」と言ったそうだ。
そこでなんと名医は治してしまったのである。
その彼女が今の奥さんなのである。
彼はその腕で嫁さんまでGETしてしまったのである。
すごい話だ…、年の差もかなりあるというのに。


さて、3日が過ぎ名医のもとへ診察へ行った。
大滝さんに「もう飲めない」と通訳してもらったが、当然のようにはね返された。
「これを飲まんと治るわけない」というのである。
当然だ、彼の最大の武器とも言える漢方薬なのだから。
「そんなん飲んだらよけい悪なるわい」と思いながらも私のわずかな望みはあっさりと絶たれた。


涙ぐむ私を不憫に思ってくれたのか大滝さんは名医にいろいろ質問してくれた。
これはお湯以外に溶かしても大丈夫なのか?
なんとか味をごまかすために何かと混ぜようという作戦である。
どうやら何と混ぜても大丈夫らしい事が分かった。
宿舎に帰って、落胆する私のためにさっそくみんなが考えてくれた。
牛乳、ヨーグルト、コーラなどなど。
とりあえずその晩牛乳で溶かしてみることにした。


う…とりあえず飲めなくもない。
まずいし吐き気はするがお湯と比べると全然飲みやすくなっている。
それでも完食までに15分はかかる。
私はこの最終秘密兵器:牛乳で、骨折に立ち向かうことを決めたのである。
しかしそれでも食事は喉を通らなかった。
日に日に痩せていく私に大滝さんは「もっと食べろ、もっと食べろ」とお皿におかずをよそってくれた。
その行為はとてもうれしかったのだが、本当に食べれないのだ。
夕食の麺はほんの一口程度。
朝食のおかゆも一口程度。
日に日に痩せて体力も落ちていった。


その間も緑化ツアーは行われているわけで、私は3隊の方々と会えなくなってしまった。
みんなが出かけているときはベッドの上で音楽を聴いていた。
毎日疲れてはいるが、充実した顔で帰ってくるメンバーが心底うらやましかった。
みんなの帰りを待ちながら、夕食を作ってくれているシンウェイに牛乳を温めてもらい、必死で薬を飲む毎日が続いた。
つづく


次回予告!!
弱り切ったゲーリーがとった行動とは?
名医の診察に白酒は必須?
果たして無事帰国することはできたのか!?
次回「骨折最終話」をお楽しみに!




こんばんは、ゲーリーin JAPANです。
今回は私の骨折物語でもお話しようと思います。


2005年9月15日
その日はとても早起きをした。
大滝さん・ボランティアーズと3分場の有志とで、砂漠の向こうにある
木が生えている場所まで馬車で行き、種をとってくるという企画があったためだ。
取ってきた種は後で砂漠に植えようというものである。
4時半起床でトンラガさんのおうちで朝ご飯を食べた。
相変わらずお腹の調子が悪い日だった。


砂漠の中を3台の馬車に分かれて進んだ。
私の馬車にはハカセ、アルタマさんの息子ハイフンと確かロンタンも乗っていたような気がする。
最初は、馬車に腰掛ける感じで足をぶらぶらさせた状態で乗っていた。
しかし道が悪く揺れるたびに足が地面につき、降りるのが面倒だった私は、途中から足をあげてあぐらの状態で乗っていた。
道はさらに悪くなり、馬車はさらに揺れた。
必死に馬車にしがみついていた私だったが、内心ではその揺れにはしゃいでいた。
砂漠の向こう側に行けるといううれしさと早起きのためテンションが高かったのである。
何度目かの揺れが来たとき、私の腕は自分の体重を支えることができず馬車から振り落とされてしまった。


ドスッ!!


落ちた瞬間、ハカセは大爆笑していた。
私も笑いながら起きあがろうとしたのだが、腕がおかしい。
ものすごい痛みがある。
痛さに胸のあたりもなんだか苦しい感じがする。
腕を動かそうとしてもうまく動いてくれない。
え!?まさか折れたとか??
骨折経験のなかった私は骨が折れた感じがどういうものか分からなかった。


あまりに起きあがらないので、心配してみんなが来てくれた。
トンラガさんは持っていた白酒を腕に吹きかけた。
「骨が折れてるかもしれないから」と急遽私と大滝さんトンラガさんはカンチカにある総合病院に行くことになった。


病院でレントゲンを撮ってみるとキレイにポッキリ折れていた。
うあー、折れてるし…。
これからギブスでもするんやろなくらいにしか考えていなかった。
のん気なものである。
トンラガさんの勧めで中国東北3省随一の骨接ぎ師のところへ行くことになった。
彼は1分場に住んでいたためまたガボウに戻ることになった。
聞くところによるとその先生は、かなりの名医で総合病院で入院していても全く治らなかった患者をたちどころに治すほどの腕の持ち主らしい。みんなが神として尊敬している先生らしい。
中国の名医って仙人風かもなぁと思ったりした。


行ってみるとそこは普通の民家で看板らしき物すらなかった。
中には奥さんが1人いて、先生は今牛に注射をしにいっていて留守という。
人間の先生なのに牛に注射?と思ったがそこはほら中国。
そんなもんなんやろうと思って先生の帰りを待つことにした。
大滝さんとトンラガさんは一端帰っていった。
一人取り残された私に奥さんは毛布をかけてくれ、いろいろと話しかけてきてくれたが、私は中国語はほとんど分からないので会話が続かない。
沈黙したまま2人で中国ドラマを見て過ごした。
6時間ほど待ってようやく先生が帰ってきた。
その頃には種取りメンバーも帰ってきていて、大滝さん、ボランティアーズ、トンラガさん、ジャンウェイ、ジョナムラくんが来てくれていた。
先生はもちろん仙人風なわけはなく普通のおじさんというよりおじいちゃんよりの人だった。
レントゲンと私の腕を見てくれて、何か話している。
私は横になった状態でみんなに押さえつけられた。
先生は私の腕を思いっきり引っ張った。


いたーいっ!いたーーいっっ!!
あまりの痛さにええ年こいて号泣した。
折れた腕をひっぱられるなんて思いもよらなかった。
今となっては騒ぎ過ぎだったか…とも思うがあの時の私は叫ぶことでしか抵抗出来なかったのである。


余談だがこの1件によりトンラガさん、ジャンウェイ、ジョナムラくんの3人は「イタイ」という日本語を覚えることができたらしい。


引っ張り終えた先生は隣の家に添え木を取りに行った。
人のお古ですか?と思ったが抵抗できるはずもなくピンク色と水色の布が巻かれた板を4本腕にひもで固定された。
そして「これを鳥が家に帰る頃飲みなさい」と言われ包みを渡された。
鳥が家に帰る頃って一体何時やねん!!と心の中で軽くつっこんで包みを受け取った。
その中には例のとんでもない漢方薬が入っているのだが、この続きはまた明日。


1.jpg

引っ張られて号泣。
こんなさなか一体誰が写真なんて撮ったんやろ?

2.jpg

レントゲンと私。
添え木もあてられて無事(?)治療終了。



次回予告!!
謎の包みを渡されたゲーリー。
日に日に弱り行く彼女にハカセは!?
そして最終秘密兵器とは!?
次回「骨折その2」乞うご期待!!










ねぎです、どーも。今日は自ら暴露話を。



そう、あれは忘れもしない8月12日、一番の仕切り屋であるハカセが一時帰国中のこと、ねぎはゲーリーとバーダイフにキレたのだ。みんなの共有スペースはボランティアーズが掃除することになっているが、ねぎは3日に1回くらいしていたのに彼女たちは掃除をしないのだ。ハカセがいる時はハカセが掃除する割合が高かったのだが、その時ハカセは帰国中。ねぎがやらなくて誰がやるという状態だった。それでもねぎは彼女たちが自発的に掃除してくれるのを待っていた。が、そんな時はなかなか訪れそうにない。その他にも色々なことが積み重なり、ついに怒りが頂点に達した。「お前ら~!自分たちの身の回りのこともろくにできないヤツが研究(バーダイフ)だのビデオ撮影(ゲーリー)だの言ってる場合じゃな~い!」と。その時もゲーリーに逆ギレをされた。ねぎも負けずとばかりに対抗した。そして「これからはねぎも含め、もう少し生活態度を見直すように」という言葉で幕を閉じた。でもこんなに喧嘩をしても、すぐにまた元に戻るんだ。本当の姉妹みたいな関係だ。他の友達とはこんな喧嘩はしないだろう。しかし、どうやら逆ギレしたゲーリーとは反対に、バーダイフはこれでねぎが怖い人と勘違いしてしまったらしい。本当はそんなことないのにね。口先だけの女なんだよ、ねぎは。



まあ実のところ、ハカセが帰ってきてこの状態を見たらきっとねぎよりも激しくキレるような気がしたから、今のうちにねぎがキレておこうと思ったのだ。ある意味演技。でも悲しいかな、そんな心配も無用だった。ハカセは結構汚い。ベッドの上、机の上、物が散乱している。飴やチョコレートの包み紙が床に落ちている。ゴミはテーブルに置きっぱなし。いつもねぎがそれを拾って捨てている。時々文句を言いながら。。。



そういやゲーリーよ、あの時のビデオはどうなったの?
こんばんは、ゲーリーinJAPANです。
なにか暴露話を~と思ったので、
今日はあたしと姉ちゃんについてお話しようと思います。


実はあたしと姉ちゃんはよく衝突した。
まあ、根がチャラチャラなあたしとしっかり者の姉ちゃん。
ぶつからないわけはなかったのである。


あたしは中国に行く前の1年間ほど、ある病気にかかっていたため
両親や周りの友人たちなどからかなり甘やかされていた。
その当時は「当然」と思っていたが、そんなことが世の中で通用するわけがない。
そんなことも分からなかったあたしは、中国でも甘えまくっていた。
そんなある日、姉ちゃんから1通の手紙をもらった。
その中には、あたしの「甘え」への叱責・激励・これからどうすればよいのか等々が書かれていた。
正直、最初に読んだときは「なぜこんなこと言われなあかんのか?」と思った。
確かにあたしは甘えてて、迷惑をかけているけどあたしのことなんも分からんくせにいろいろ言うなとも思った。


でも、もう1度じっくりじっくり手紙を読み直してみて自分の反省すべき点も多々見えてきた。
そして、ここが変わるチャンスであり、病気を完治させるチャンスであると考えた。
そして自分を変えるためにいろいろ頑張ってみようと思い直したのである。


今、その手紙を読み返してみると姉ちゃんの並々ならぬを感じるのだが、
その当時のあたしはへなちょこすぎてそんなことにも気がつかなかったのである。


あたしが姉ちゃんにキレたこともある。
まあ、かなり理不尽な怒りなのだがその時はキレてしまったので今どうこう言うつもりはないのだけど。
ご存じのとおり、あたしは骨を折ってしまっていた。
中国の総合病院はあてにならないとの理由から中国東北3省随一と言われている骨接ぎ師に診てもらっていた。
今思うとかなりうさんくさいおやじなのだが、その時は彼に診てもらうしかなかったのだ。
彼は夕食後に漢方薬を飲むことをあたしに命じた。
その薬は、日本で売っている漢方薬とはひと味もふた味も違う強烈なもので、骨接ぎ師が独自に調合した物である。
あたしは、最初にその薬を飲んだときからイヤだったんだ。
詳しくはまた骨折話しでも書こうと思うのでその時に。


とにかくその強烈な薬のおかげで最初の2日間、下痢と吐き気が1日中治まらず精神的にも体力的にもすっかり参ってしまった。
本気で飲むのがイヤで、両親にも電話しまくり、ハカセの前で号泣し、本気で日本に帰ろうとさえ考えてしまった。
そんな弱りきったあたしにハカセは
「とりあえず、飲まなくてもいいように骨接ぎ師に言ってみようね」と慰めてくれた。
この言葉はあたしにとって本当にありがたかった。
ホッとした気持ちでベッドで休んでいると姉ちゃんとバーダイフがやってきた。


ハカセとの話をすると姉ちゃんは
「でも、漢方薬って急にやめるのはよくないよ」と言ってきた。
その後も、何かいろいろと「飲まなくてはいけないよ」的なことを言われたのであたしの怒りは頂点に達した。
「でもハカセは飲まなくてもいいって言ったんやからえーやん!!」


……逆ギレも甚だしい…。
姉ちゃんは、普段から漢方薬を愛用していたのでそういう知識は誰よりも豊富だったのだ。
きっとよかれと思って言ってくれてたんだろうねぇ。
まあ、あの時はほんまに精神的にも参りに参っていたので許してたもー。


そんなこんなで、衝突の多い2人ではありましたが、きっとあたしがあまりにもへなちょこすぎて姉ちゃんはほっとけなかったんだと思うな。
でも、へなちょこなりにも自分の意見てのがあってそのおかげで衝突してたんだと思う。
今考えてみると、あんなふうにあたしを叱ってくれる友達はいなかったし、あの時いろいろ言ってくれたおかげで今のあたしがあると思う。
姉ちゃんには感謝している。
もちろん、ハカセにも本当に感謝している。


ちなみにあたしの病気は完治したのである。




こんにちは、ねぎちゃんですよ

今日は先日の問題発言から気を取り直して、カンヂカのお買い物編を公開します。



温州商城


温州商城


緑化隊で来たことのある人はピンと来るはずだ。そう、独特の臭いのするあの屋内市場だ。日用品(服・靴・洗面用具・寝具・家具)から食材まで何でも揃う。この間ねぎが買ったモモヒキも温州商城で買ったものだ。ただし、品は不確かです、この国。いつかお尻のあたりに穴が開くかも。というか、ハカセがここで買った赤いモモヒキはなぜか男性用で既に穴あきだったけどね。そんなでもハカセはお構いなしで毎日赤いモモヒキを履いてるんだ。

閑話休題

ねぎたちはいつもここで肉や野菜、調味料などの食材を調達している。食材の値段は以下の通り。(単位:元、毎500g)

種類  :夏/冬

ジャガイモ:0.5/1.6

トマト :0.3/1.3

白菜  :0.7/0.3

きゅうり:0.4/2.5

しょうが:4.0/5.0

にんにく:2.0/2.5

人参  :0.5/2.0

ピーマン:0.5/3.0

キャベツ:0.4/1.5

玉葱 :0.5/0.7

もやし:夏場なし/0.6

なす :0.3/2.5

とこんなに安いのだ。夏にねぎはしょうがとスイカを買い出しに行ったことがあるが、スイカが4元だったのに対ししょうがが4.5元もしたのだ。これにはびっくり。しょうがってこんなに高かったんだ~!ねぎの場合日本では親が料理しているためもちろん買出しも親だからしょうががこんなに高いとは思わなかった。日本円で換算するとスイカが2000円くらいだとしたら、しょうがは2250円になる。しょうが、たか!っていうかしょうがが高いんじゃなくてスイカがめちゃくちゃ安いんじゃないか?まあどっちでもいいけど、しょうがとスイカがほぼ同じ値段だとしたらねぎは絶対にスイカを買うね。

買出し中買い物をするハカセ


あ、そういえば肝心のねぎの値段を聞くの忘れちゃったわ。ねぎ姉ちゃんの値段は、世界遺産並みなので値段はつけられません。大切に扱ってくださいね。



今日はまず1弾という事で力尽きました。
ねぎちゃんです♪



ねぎは少し疲れ気味でダウンしておりましたが、その間にうちのハカセがお下品な内容を投稿してしまい、大変失礼いたしました。監督不行き届きです。りょくちゃ~ずを代表してここにお詫び申し上げます。m(T_T)m
どうか生理現象だということでご勘弁くださいまし。でもやはり、ザ・おならプロジェクトが私たちの友情を更に深めたというのは否定できない事実なのです。



ここだけの話、今日もハカセは3分場の馬車道でおならをした。そういえばハカセ、この間も同じ場所でしたっけ。ということでその道をおならロードと命名した。(あ、そうそう、草方格の時にバスを降りたところよ。)
昨日はジョナムラ君の家で妹スイレン、ハカセ、ねぎの3人でお昼ご飯を作っている時、ハカセの方から突然「プッ」ていう音が聞こえてきて、はっとしてハカセの方を見ると、とても恥ずかしそうにし、その後3人で大爆笑となった。「え?無意識のうちに出ちゃった~」というハカセだったが、ハカセ~、ちょっと緩んでるんじゃないかい?



えーい!もうこうなったら全部暴露してやる~!!!禁断の女子部屋会話。



ゲーリー大佐のも特徴的だった。ゲーリーは例のものを現在進行形で報告をするのだ。しかも報告ができちゃうくらい長~いのだ。「あ~、出てる出てる~」って。ゲーリーもまた、トンラガバーバの家で長~いのをしたことがあった。その時はトンラガマーマが隣にいてやはり笑っていた。ゲーリーってやってる最中自分でも笑っているのがとてもウケた。ゲーリーに一言いうなら、もっと短く歯切れよくしてくれよ。聞いてるとこっちも力が抜けちゃうからさぁ。



その点、バーダイフは最後まで堅かった。絶対に人前ではやらない女だった。何だよ、アイツ、気取っちゃってさ。あたしたちの前でおならができないっていうのかよ!いいんだ、あいつはまだ所詮大学生だ。大人の社会を知らない。来年4月から社会人、これから痛い目にあうぞ!心しておけ!
ハカセです。

今日は、昨日のブログでの問題発言をねぎちゃんに指摘されたので内容を抹消すべく自分の近況を報告しようと思ってます。

今、私は調査目的で現地入りしてんのはみんなご存知で。毎日毎日ねぎちゃんやゲーリーを巻き込んで3分場中を歩いては、調査調査調査な日々でしたね。二人には、本当に感謝してます。緑化隊シーズンは調査ゼロでしたけど、ずいぶん長い間行った調査データーを一挙にまとめて論文を書くことにしました。

事の発端は、11月7日の日本で研究活動を共にしている友人の一通のメールから始まった。「そろそろ調査データがたまってきた頃だと思う。お前がやっていることを理解したので、一本論文書いて11月16日までにおくってきやがれ。」とだけ書かれたメール。友人は、ものすごく研究熱心な人で回りからも一目置かれている人物だった。ハカセはその友人をいつもかっこいい!こんな風に調査ができるようになれたらいいなぁと憧れていた。そんな友人がハカセの出国する数日前にこんなことを言ってきた。「お前のことを前からライバルだと思っている。お前にだけは負けたくない。頑張ってこいよ。」と。言われたハカセは目が点になってしまったよ。ライバルなんて滅相も無い!!


多分、友人は私にカツをいれたかったんだろうなと思う。だってライバルなんて思われるほど私には実績も、実力も無かった。頭もそんなにいいほうじゃない、あるのは勢いだけ。でも、その友人の気持ちに応えようと決意して、北京行きの飛行機に乗り込んだ。そんな友人から来た11月7日の宣戦布告、受けてたとうと調査後毎日3時まで論文執筆にいそしんだ。でも、やればやるほど荒ばっかり出てきて、どうにもこうにもまとめられない。これで論文なんてかけるのかよ?と苦悩な日々。わからないところについて、調査したいけどうまく進まない。そしたら、約束の16日になってしまった。論文は、現状のフルパワーを使って書き上げて、約束の時間にメールで送った。


友人からは、即効で返事が返ってきた。
「お前の見て、はっきり言ってがっかりした。」だった。メールには添付がされていて、それを開くと論文が真っ赤な状態で返ってきた。それを見て、はじめて私も友人に対して「こいつに負けたくない。絶対赤入れなんてさせない」と思った。


今まで友人には憧れしか抱いてなかった。それが友人の宣戦布告によって一気に崩されてしまった。これは、頭のいい友人のしかけなのかもしれない。ただ、友人には悔しいけど感謝をしている。周りの研究仲間はここまで自分を厳しく評価しない。海外で調査することが先走って、私を褒め称える。でも、友人は「海外いくからすげぇって思うなよ。日本だって海外だって一緒だからな。」と言ってのけた。でも、ハカセもそう思う。ちょっと厳しいところが多い友人、でもそれが私の原動力でも有る。ライバルとして胸が晴れるようにがむしゃらにやるぞ!友人よ、覚えておけ。
ハカセです。

最近、調査ばっかりな毎日で日々面白いことだらけで、日々どきどきしてる。4月に来たときに比べれば、調査のコツがつかめてきたから楽しいなぁ。今日は11月14日。もう通遼市にいるのも一ヶ月きってしまったなぁ。このブログは帰っても続くけど、新鮮な現地の情報を伝えられるのも後ちょっとだ。だから、私達がここにいる間にここでの出来事を出し切ってしまおうかと思う。
出し切り第一弾は、「出会い」だ!!


緑茶化~ずのハカセ、ねぎ、ゲーリinJAPANは、4月13日に初めて顔を合わしたんだった。現地入りの順番は、ゲーリ、ハカセ、ねぎだった。そして、8月にバータイフが入ったんだった。


<ねぎちゃんとの出会い>
実は、ねぎとハカセは2月末にある緑(茶)化ネットワークの報告会で一瞬だけ顔を合わしたね。報告会後の懇親会でねぎちゃんと私は記念すべき出会いの挨拶をした。常にテンション高めの私は、その勢いでねぎちゃんにご挨拶。そして、ねぎちゃんはそんなガキンチョな私に大人の貫禄を見せ付けるかのように挨拶をしてくれた。「あ~、ねぎさんはめちゃんこしっかりしたお姉様だ。こりぁ、現地であたしが仕切ることもなさそうだなっ。らっき~!!敬語使わないと駄目だな(これは面倒くさいなぁ)」と思った。この人とならうまくやっていけるってルンルンになったな。懇親会でもっと話したかったけど、その日は私の母上がインフルエンザで寝込んでいたので、出席せずに帰った。一方、ねぎのハカセの印象は「この子とやっていけるのだろうか?」だったらしい。第一印象はマイナスからのスタートだったらしい。私達の出会いは、ほんの一瞬の挨拶からだったね。


☆報告会とは
一年間の活動報告をする場で、その一つに我ら長期ボランティアの活動報告タイムも設けられている。昨年、東京支部でハカセが堂々と現地住民の生活風景を発表!!そこに、ねぎとバータイフが参加者として見に来ていた。



<ゲーリーとの出会い>
私が現地入りした日に迎えに来てくれたのは、大山羊さんだった。その日は黄砂がひどい日、車の前方が黄色くなって見えづらくなっていたなぁ。その車中で大山羊さんに「実はね、ゲーリーが寝込んでいて、ろくに食事もとらないんだ。ナースハカセ、着いて早々悪いけど看病頼むよ。」って言われた。頼まれたことはほぼ引き受ける私は、「いいっすよ。任せてください。」と問題発言。看病なんてしたことないのになぁ。大丈夫かな?
事務所に着き、部屋をのぞくとゲーリーがベットから起き上がり、真っ白な顔をして歓迎してくれた。そして、すぐに寝てしまった。寝てしまったゲーリは無理して話そうとしてくれたけど、そんな調子の悪い人に「お疲れ様」って言われても、はっきりいってぴんとこなかったよねぇ。ゲーリーとの出会いはそんなだった。こんな初顔合わせは生まれて初めてだね。


そして、次の日ねぎが深夜2時にやってきた。そんなねぎをやっぱり白い顔で歓迎したげーろー・・おっとゲーリー。そして、お姉様だと緊張しながら歓迎したハカセ。これが3人の初顔合わせだったな。感動すべき顔合わせの状況をはっきり覚えていない。でも一つだけ覚えていることがある。それは、3人で交わした一つの会話、そうこれから長い間続く共同生活で絶対に協力しないといけないことがあった。それは「おならを自由にする。」だった。3人は、初対面でそんな話をして、全員一致でこのプロジェクトは実施することになった。おならを自由にしあうことで、私達は友情を深めていったと言っても過言でないかもしれないよねぇと最近思う。これおならしない仲だったら、多分ここまで腹割って話し合える仲になってなかったよ。ねぇ?どう思う?


ただ、このおなら自由宣言によって、それまで私の中にあった年上のお姉様方二人に対する敬う心が薄れてしまった。だから、その日から今日に至るまで、敬語を使ったことが無い。
DSCF4371.jpg

ロンタンとハイフンと一緒に



<バータイフとの出会い>
ハカセとバータイフは、同じ研究室の先輩後輩という関係である。でも、バータイフはハカセが卒業してから研究室入りしたので、一緒に過ごした時間は無い。私達の出会いは、昨年の緑化隊となった。バータイフは大学の研修隊で参加。ハカセはその大学専属ボランティアに抜擢され、活動をともにした。当時のバータイフは、見るからに今風の女の子ではきはきとしない子だった。だから、同じ研究室であってもはっきり言ってあんまり興味わかず近寄らなかったなぁ。避けて通りたいタイプの子だった。しかし、意外なところで会話をすることになってしまった。昨年は、后旗賓館の横に風呂屋があり、そこを利用していた。何日ぶりかに風呂入れるとなって、ハカセの心はルンルンだった。ルンルンな勢いで風呂の戸を開けると、そこにはバータイフがいたっ!!やっべぇ~、こんなところで出会うかよ~!!って感じ。一方、バータイフも場が悪そうな顔をしていた。苦し紛れに出た言葉が「お疲れ様です」だった。なんか気まずい雰囲気、こちらもあわてて「どうも」みたいなことを言った。そして、バータイフはそそくさと風呂を出て行った。これが、バータイフとの出会いだった。バータイフに聞くと、彼女もあの時、気まずくて仕方なかったとか。私のことを怖い人だと思っていたらしい。
CIMG0049.jpg




出会いを書くだけで、こんなになっちゃったよ。こうして書いてみると、ねぎちゃん以外の二人との出会いは結構悪いねぇ。ははっ。
さてさて、次は何を書くかな??

ねぎ姉ちゃんです!こんばんはー。



今日も農村調査に行って、帰ってきたところです。眠いのですがブログがどうなっているか見てみたところ、コメントがたくさんついていて嬉しかったので、もう少しがんばってみます。



このブログ、緑茶化ネットワークの本家本元の2005年度緑化隊にご参加いただいた方を中心にご覧頂いているようです。そう、2005年度、私たち長期ボランティアーズはこの地でたくさんの緑化隊の皆さんと出会うことができました。総勢200から300人くらいでしょうか。1年の間にこんなにたくさんの人と知り合うということは、きっと人生の中で後にも先にもないでしょう。人数が多い隊ではなかなかお一人お一人の方とお話しすることができなかったのが残念でしたが、皆さんとの出会いは私たちにとってもとても意味のあるいい経験となりました。長期ボランティアーズを代表し、私たちがいるこの2005年度に来て頂いたことに、この場を借りてお礼申し上げます。

そしてこのブログにコメントを残している方は、私たち長期ボランティアーズととても縁の深い方々ばかりです。どんどんコメントや突込みなどを入れ、このブログ上で隊の垣根を越えて交流が深まれば私たちとしてもとても嬉しいです。そして近い将来、緑茶化ネットワークのオフ会などができればいいですね。「あ、これは本家本元の活動報告会や懇親会その他イベントなどにご参加いただければ自動的に実行可能です。」(とちょっと本家の営業を入れてみたり。)また、いつの日か2005年度緑茶化ネットワークOB隊なるものを実施できたらいいですね。



連日の夜の調査でヘトヘトですが、7年間の日本社会での疲労に比べたら、とても心地よい疲れとなっています。

明日は6時半発瓦房行きです。もう寝ますね。晩安!(お休みー)
こんにちは、ゲーリーin JAPANです。
骨折していた腕の調子もだいぶ良くなりました。
そういうわけで実家の植樹に参加してまいりました。


私の実家は日本海のすぐそばにあって、漁業が盛んな地域にあります。
しかし近年魚が減ってきていて、そのためには森を豊かにすることが
重要だと考えられていて、数年前から地域にある川の源流付近の
山への植樹が行われています。


さてさて、いざ集合場所へ意気込んででかけたはいいものの
そこにはおじいちゃんばっかり。総勢40名。
『あたしってもんのすごーーく場違い?』
おどおどしながら、山への道のり40分間をバスの車内、無言で過ごしました。
紅一点がこんなに肩身が狭いなんて…トホホ…。


山の麓につきまして、さらに50名の参加者がいました。
ここには女性の方もいてホッと一安心。やれやれ。
トータル100人弱の大所帯での植樹です。
用意された苗木は400本。
なーんだ、余裕やん?
砂漠で鍛えたあたしに1人4本程度の植樹なんてなめてんなー。
ちなみに木の種類は「ブナ」「ケヤキ」「トチノキ」「コナラ」でした。


苗木と杭とひもを持って山を登りました。
砂漠での植林に慣れきっていたあたしは、山をなめてました。
地面はドロドロ、ジメジメ。
葉っぱがたくさん落ちていて、すべるわ、ぬれるわ大変。
10分ばかり登ったところの斜面に植樹しました。


しかーし!植樹方法・手順などは一切なし!!
「ここらへんに1.5メートル間隔くらいで植えて~」くらいの指示。
おいおい、アバウトすぎるんと違いますか??
とりあえずおじいさんが掘ってくれた穴へ苗木を入れて
これまたおじいさんが打ってくれた杭と苗とをひもで結ぶ。
穴の深さやら、杭の位置やらひもの結び方等すべてアバウト。
やってしまったあとで町の森林組合の方に注意される始末。
最初に説明したってくれよ~。


そんなアバウト満開な中、1時間ちょっとで植樹は終了。
気になっていたので活着率を聞いてみたところ答えは「わかりません」でした。
ガーーーン…ここでもアバウト…
詳しく聞いてみるとまだ始めて年数が浅く、
以前は杭で印をしてなかったので
下刈りの時に一緒に刈ってしまったりしてよく分からないそうです。
ここらへん大きな課題やと思うんですけどね。
みんな、植えるだけ植えて後は知らんってそりゃないよ…。

後で去年植えた木を調べてみましたが、あんまり根付いてなかったな。
枯れてたり、他の草たちに覆われてしまってたり。
『植樹後の管理』ってのも大きな課題やで~!!


植樹後、参加者全員で懇親会をやりました。
バーベキューとお酒なのですが、さすがというかなんというか
カニがありました。特産なのです、カニ。
おいしくいただきました。へへへ。


そこに町長さんも来ていたのですが、チャンスとばかりに
広報活動してきました。
砂漠の話と、できれば町で補助金出して隊を作って
植林しに行きませんか?と。
かなりずうずうしいお願いですがそこはほら、関西人。
名刺を頂き、私の連絡先を聞いてくれました。
いつの日かへっぽこボランティアのあたしが、
隊をひきつれてホルチン砂漠へ行くかもしれません。
そうなったらすごいなーー。


他にもいろいろな方々とお話するチャンスがありました。
外国で活動してきた人を探して講演をお願いしてるんですが
やってもらえませんか?とか。
大阪で学生たちと植樹をやっている方、地域で桜を植えておられる方等。
植樹自体はかなりアバウトで正直ガッカリした部分もあったのだけど
いろんな人と知り合えたことはかなり大きかったです。


砂漠から帰ってきて1ヶ月がすぎました。
あたしは日本でもこんな風に活動してるよ。
みなさんも地域でこんな行事があったら是非是非参加してみてはいかがでしょうか?
山の斜面です。


植樹した苗木。


かに。しかも子持ちガニ。うまー。

こんばんは!ねぎ姉ちゃんです。(久々にフルネーム)



最近毎晩新規植林地の農村に行き、調査を行っているためちょっと疲れ気味。でも5月に3分場の地図作りをして以来久々に新しい村の地図作りもできたし、新しい村の情報も知り村の比較ができ、いい勉強になる。



今日も料理長、ハカセといつものように農村に行き(到着が少し遅くなったが)調査を行った。スムーズに事が運び、9時ごろカンヂカに戻ってきた。夜ご飯をまだ食べていなかったので食べに行くことになったが、ハカセは疲れたので戻ると言い、料理長とねぎでデートすることになった。

料理長は新規開拓が好きな人なので2人で新規開拓をしようということになった。事務所からすぐ近くに料理長が昔から気になっていたという、入り口のドアにネオンでハートが描かれている店に行こうとした。料理長は硬派なイメージだったが、ハートだなんてなかなかお茶目な人だと思った。が、その2,3件隣にハンバーガー屋さんがあることを思い出し、「あ!ハンバーガー屋さんにしようか」と言い、急遽変更。カンヂカ唯一のハンバーガー屋さんに入った。



店の名前は「大拇指 漢堡」。日本語にすると「おやゆびハンバーガー」。すごい名前だ。どんなハンバーガーが出てくるんだ。中に入り更に驚いた。すごい内装だ。奥の壁には花びらとハートが装飾されている。ここでもやはりハートだ。この辺り、ひょっとして恋人たちの集う場所なのか?まあ今日は料理長がハートが気になっていたようなので満たせてよかったんじゃないだろうか。そしてメニューを見たが意外と普通だった。料理長と13元チキンバーガーのセットを頼んだ。こういうファーストフード店で言えば相場かもしれないが、ここの物価からすると高い。お気に入りの豆腐脳が1元なのに対し、13元だ。豆腐脳が13杯食べられる。いや、お腹いっぱいになって食べきれないけど、13回食べられる。日本で言うなら1000円のランチが13000円の懐石料理になったようなもんだろう。あなたならどっちを選ぶ?



待っている間、お店の小姐(お姉ちゃん)がどこの人間かと聞いてきた。料理長「あててごらん」、小姐「分からない」、料理長「南東の方」、「天津?」料理長「違う」、ねぎ「南東にある海を越えたところにある島国」、料理長はちょうど壁に日本のアニメのポスターが貼ってあったのでそれを指差し「このアニメの国」、小姐「えー、わからない」、ポスターを貼った小姐2が登場したが分からないと言う。料理長「自分で貼ったのに分からないのか?じゃあ山口百恵知ってる?彼女の国」、小姐2「知ってるけど思い出せない。彼女の本を読んだことがある。確か東京・・・」、ねぎ「そう、私は東京人」、料理長「僕も東京人」。あれ?料理長って奈良出身だったはずだけど・・・?まあいいや。近くにいた店員「東京って日本だろ?」あっさりと解決してしまった。



そんな話をしているうちに、チキンバーガーセットが来て、料理長といただきますをしていた。パンの部分は表面が妙に油ギッシュで微妙に甘かったが食すのには支障なかった。中のチキンも結構イケていて美味しかった。ポテトもお芋のうまみが出ていて美味しかった。ただ、色々あった中から選んだマンゴーのジュースは甘すぎたが。。。



1元の豆腐脳を考えるととても贅沢をしてしまったような気がするけど、たまにはこういうのもありかと思った。

入り口
おやゆびバーガー。どうなのよ、これ。


奥の壁
奥にはハートが。そして軟派な感じの料理長。


店内
店全体。ラブリーな中に料理長が・・・


チキンバーガーセット
チキンバーガーセット、13元。

どうも、自分で言うのもイヤなんですが婚期を逃したねぎです。結婚相手をお金で選ぶか?やっぱ心でしょ、ハートよハート!(いや~ん、恥ずかしぃ・・・)



じいちゃん占いからすると、ねぎは

1.とにかく食べ物には困らない。幸せになる。

  ねぎ:よかったよかった。

1.結婚は26歳

  ねぎ:もうすぐミソジですでに婚期逃してますが・・・

2.(でも懲りずに聞く→)結婚相手は背は低く髭の生えた人

  ねぎ:え・・・?どんな人よ?かっこよくはないのかしら?

3.ねぎは人見知りをする

  ねぎ:あ、それは言えてる。

4.(お金を数える素振りを見せ)金さえあればいい人

  ねぎ:えー!あたしお金には執着心ないのにぃー!
  だからここにこういう風に来てるんじゃない。

  でもやっぱりお金って必要かも。

真剣にじいちゃんの話を聞くハカセ
真剣にじいちゃんの話を聞くハカセ

じいちゃんさぁ、本当に最初キスされるかと思ったよ。隣にばあちゃんがいたから「ばあちゃんが見てる前で・・・、どうせならばあちゃんがいないときじゃないと・・・」とヘタな心配をしてしまった。ま、そんな心配もよそに、その後激しい白酒攻撃を受けたんだけどね。あれはすごかった。3回だもん3回。そして「ブーッ!×3回」て吹きかけた後は、いきなりその激しさからは想像もつかないくらい優しく、今度は「ふぅ~」って顔に息を吹きかけてくれた。その息は白酒臭かった。っていうか、じいちゃん、白酒飲みたかっただけなんじゃないか?という疑惑が今でも残る。素直に呑みたいって言えばいいのにね。

おかげで白酒でぬれてしまった前髪は夕べ、5日ぶりに行ったシャワーでキレイに流し、ブルゾンは先ほど洗濯をして今はお父さんの部屋のバルコニーに干されています。夕方まで乾くかな・・・。



そう、そして瓦房宿舎に戻ると第3の悲劇が待っていたのだ。ハカセがふと大き目のウェットティッシュの袋が所定外の所から、お菓子の袋のようにバリッと開けられているのに気付いた。「あれ?なんでこんなところが開いてるの?ねぎちゃん使った?」とハカセ。「え?使ってないよ。それにもし使ったとしてもそんなところからわざわざ開けないし」とねぎ。2人の頭の中には「?」でいっぱいになった。そして机の上においてあった白酒がなくなっていることに気付いた!その瞬間2人は「やられた!」と直感した。その他なにかなくなっているものがないか確認した。他にはお茶、ハカセが日本から交流グッズとして持ってきたタバコ、ハカセの小銭(10元未満)、ねぎの日本製歯ブラシ(未使用)、ねぎの使いかけ日本製歯磨き粉(クリニカ)。9日に瓦房に来た時は歯磨き粉があったのを目にしている。白酒があったのもねぎ、ハカセともに覚えている。ということは、ここ2日の間だろう。どこから入ってきたかは分からないが、恐らく私たちの部屋から出て行ったことは間違いない。窓に鍵がかかっていなかったからだ。やはり窓から入ってきたのだろうか。だとしたらいつからだろう、窓が開いていたのは。最近瓦房に泊まることはなく、ねぎは9月末から10月頭に香港に行き、帰ってきてからはすでに寒く、窓なんて開けた覚えもない。それに戸締りはしっかりしているはずだ。大きなものを取られていなかったのが幸いだが、それにしても知らない人に入られて物色されていたと考えると気持ちが悪い。去年までも同じようなことがあった何回かあったそうだ。こういう現地のセキュリティ面の危険性から、今年からカンヂカに事務所を移したのだ。きっとこれは警告に違いない。やはり中国の農村、何があるかは分からない。常に危険にさらされているという意識を持って行動しなければならない。



そして、今頃犯人は日本製のタバコを楽しみ、白酒を飲み、ちょっと酔っ払ったのでお茶でも飲み、日本製の歯ブラシと歯磨き粉で歯を磨いて寝ていることだろう。

(使用中の歯ブラシじゃなくてよかった・・・by ねぎ)
ハカセでやんす。

今日はねぎちゃんが寝てしまったから、ハカセが久々登場。いやぁ、今日はほんとにふんだりけったりな一日だった。こっちにきて初めてだこんな日は。


今日、私達は料理長と一緒に3分場まで行ってジョナの家に直行した。ジョナ家では、ジョナの日本行きがひと段落して冬支度にとりかかっていたよ。最近、3分場の冬支度といえば、土を持ってきてオンドル、壁の修理、隙間風が入らないように窓枠にペンキをぬんだくる、白菜を買いまくる、おしんこをつくる、薪を集める、テレビ環境をよくするってとこ。今日は、スイレンと旦那さんのリュウインさんが窓枠をペンキでぬんだくっていた。色は、モンゴルの空にぴったりの青色。「ハカセ、青はいい色だろっ」ってリュウインさんが自慢してきたけど、他の家も青色を使ってた。


リュウインさんのペンキ塗りは性格を現すかのようにザツで、窓までぬっていたからバックサイドでねぎちゃんと一緒にヤンヤヤンヤ冷やかしまくってやった。愛する妻、スイレンにまで散々馬鹿にされしまったリュウインさん。よっぽど面白くなかったんだろうな。そんなリュウインさんが次にした行動は、私達の悲劇の始まりだった。


「ハカセ、お前の顔に何かついているぞ」といって近寄ってきたリュウインさんに素直に顔を出した私。にやりと笑って私の顔を触ったリュウインさんの手には、青のペンキがべったりついていた。Bダッシュで家に入ってでっかい鏡で顔を見たら、右のほっぺにまるぅくペンキがつけられた。まじかよ、ぺんきだよ、ぺんき!!これから調査だってのに!あんにゃろ~。むかついたからめちゃくちゃ叫びまくってやった。そしたら、ねぎちゃんがスイレンと競合して私を抑えてきて、私の左のほっぺには新たに青いペンキがにっくきリュウインさんの手によって付け足された。あたしは、ちびまるこか!!プロレスだったら、タッグを組んで望んだ戦い、見方が相手タッグと組んで見方をつぶしにかかるみたいなもんだ。
ねぇ~ぎ~めっ!!おれをまどわすなぁ~!!

ペンキハカセ
ペンキを塗られたハカセ

その後、優しい優しいスイレン選手は、ぺんきを大爆笑しながらふき取ってくれた。ふき取った後、またリュウイン選手がリングに立とうとしたから、ハカセ選手は「おめぇら、11.12、3分場でまってろよ。」と言いながらマイクをたたきつけ、リングから降りた。


ハカセ選手とねぎ選手は「次の戦いは来週だなっ」と言って歩き始め調査を開始した。一軒目の調査が終わり、外へ出ると釜を持って、西のポプラ林へ芝刈りに行くゲーリーの父(76歳モンゴル族)を発見した。二人はじいちゃんについて行き、仕事を終えてじぃちゃん宅に行った。じいちゃんは、今日はごきげんであった。私達も嬉しかった。でも、これが実は悲劇第2弾のはじまりだったなんて、ねぎちゃんも私も知らなかった。



今日のじいちゃんは良く話す(いつもか)。そんで突然、ねぎちゃんの顔をがしっとつかみ、まるでキスでもするかのように覗き込んで、顔占いを始めた。ねぎちゃんは口にほくろが有る。どうやら結婚後も食べることに困らないそうだ。続いて、私はほっぺ(青く塗られた部分)にほくろが有る。じいちゃんは真剣な顔をして「結婚したら、泣く。あせるな。子供は二人まで、一人は男、一人は女だ」と忠告してきた。まじかよ!!調子にのったじいちゃんは、続いて心占い。私の心は「大きい。」らしい。一方、ねぎちゃんには「お金」の手まねをしてにやついていた。どうやら、ねぎちゃんはお金さへあれば幸せになるらしい。結婚相手はお金で選ぶのだろうか?ねぇ、ねぎちゃんどうなのさ?


そして、最後はねぎちゃんリクエストで結婚占いをしてもらった。じいちゃんは、ねぎちゃんに「結婚は26歳でできる。」と言っていた。完全にじいちゃんはねぎちゃんの年齢を間違えていたね。ねぎちゃんは「あ、婚期のがした。」って青ざめていたよ。ははっ、それはこまったこまった。そして最終的にじいちゃんがねぎちゃんに伝えたのは、「ねぎの相手は、背が小さくてヒゲの生えた人だ。」誰だそれ?二人が想像したのは、かっこのいい人ではなかった。ちょっと不細工なだんなをゲットするんだね、ねぎちゃんは。私のお相手は、「背が高い人だ。」って、想像するにかっこのいい人だわっ。でも、私が好きなのは背の低い人だから、あまり興味のない答えだった。


ここまでは、よかったのよ。ここからよ、じーちゃん、そりぁないよ。じーちゃんは、突然白酒がはいったおちょこを持ってきた。そして、私に「目をつぶりなさい。」と言う。えっ?まさか、あんた何をするつもり?小さなおちょこに入った白酒をくいっと口に含ませたじいーちゃん、次にとった行動は想像通り。顔にぶぅって3回吹きかけてきた。じいちゃんは占いの後の清めを勝手に始めだした。でも、じいちゃんかわいいから、吹いたそばからガーゼで顔を拭いてくれた。でもね、めちゃくちゃくっさい。続いて、ねぎちゃん。私よりも少々白酒の量が多い。3回ぶぅ~って。ねぎちゃんは前髪とブルゾンにもかけられたので、くささは私の2倍になった。二人はとにかく笑うしかなかった。じいちゃんは、とってもご満悦な笑顔を私達に見せてくれた。私達は、そんなじいちゃんに深々とお礼をして、家を出た。今日はなんだ?どういうわけか顔になんかされる日だ。絶対これで終わるわけがない。またなんかある。


そんな風に思っていると、本当に何かが起こるもの。本日の調査を終えて、事務所に帰った私達を迎えていた第3の悲劇。それは本日のフィナーレを飾るには素晴らしく最悪なものとなった。でも、今日は長くかきすぎたから、何が起こったかはまた明日。
今日もねぎ姉ちゃんです。


明け方、ハカセがどういうわけか朝の5時半に目覚ましをかけていた。なんでこんな時間に目覚ましをかけたかと言うと、どうやら5時半に起きて、作業をしたかったらしい。そんな前日の気合と裏腹にハカセは目覚ましを止めて、再び寝に入った。


ねぎも「こんな朝早くに起こすなよー」といらいらしながらも、再び寝に入った。が、その後に見てしまった夢が再びねぎの食という欲求を振り回した。場所はカンヂカから瓦房までの303公路。ねぎとハカセが自転車で剪定現場まで行く途中、市場を発見。寄り道をして市場を散策しているとそこにはなんと、みたらし団子が売っているではないか! こんなところでみたらし団子に遭うなんて、きっと神様がご褒美をくれたに違いない(別にクリスチャンではありません)。早速おばちゃんに値段を聞いてみると、2本で30元だと言う。ということは1本15元。日本円で225円。高すぎる! とてもとても高すぎる! 神様、あなたは嫌がらせをしに来たのですか(別にクリスチャンではありません)? 仕方ない、やめるか、と市場をあとにして夢は終わった。


ハカセに夢の話をした。ハカセは大爆笑だった。「ねぎちゃん、夢にまで食べ物が出てきちゃったんだね、重症だ~」と。
ダイエット宣言?何のこと?もう!できないことは言わないに限る。あまりにダイエットを気にしすぎた故に(気にするだけで実行できてないが)出てきた夢だった。


そして夢で見たみたらし団子の味を思い出し、「日本に帰ったらこれだ!一番最初に口にするのはみたらし団子だ!」と考えながら、今日も3分場に行った。


今日は大山羊さんも一緒にバスで瓦房に行き、303公路から場部へ曲がる所ではジャンウェイが北京ジープで待っていてくれた。303公路は夢で見たのとは違い、いつもと変わらない風景がそこにはあった。
ねぎです。


最近、ねぎの食欲は尋常ではない。デブまっしぐらだ。昨日ダイエット宣言をしたはずなのに、宣言したそばからお菓子をつまんでしまう。
今日はこちらに来てねぎを虜にした食べ物を紹介しよう。


まずこの間3分場の商店で食べた粟にバターと砂糖を入れ、お湯で混ぜて食べるものだ。名前は分からないが、とても美味しかった。日本では食べたことのない味だった。まず粟を普通に食べる習慣がないからだ。最近は健康ブームで五穀米とかが流行っているから、ひょっとしたら粟単独でも売っているかもしれないが、ねぎはあまりスーパーに行かないのでよく分からない。インコの餌を買えばよいのかもしれないが・・・。またこのバターというのが自家製のバターで、日本のバターよりもずっと濃く、チーズのようにも感じるのだ。

バター炒米

右側にあるのがバターの瓶

そして粟の食べ物もう1つ。烏日莫炒米という食べ物だ。烏魯木=ヨーグルトのようなものに、炒米=粟と砂糖を入れたものだ。これも絶品。日本のヨーグルトとは少し違い、これもずっと濃いのだ。1碗3元。

烏日莫炒米

周り汚くてスマン・・・

この二つは日本に帰って粟が手に入ったら自分で作ってみようと思う。ヨーグルトはブルガリアとかで代用できるかな。


そして今日、果物屋さんに売っていた糯米酥というお菓子だ。形はとんがりコーンに似ているが大きさは10倍くらいデカイ。なんだか懐かしい味がする。昔食べたことがある味だが、何かは思い出せない。思い出せないまま残りわずかとなってしまった。

糯米酥

250gで2.5元。

他にもたくさん紹介したい食べ物があるが、またの機会に。。。

どうも、ねぎです。


今日もいつものようにカンヂカから9時30分のバスに乗り、瓦房3分場に行った。宿舎からいざ出発という時に、ペダルが空回りすることに気付いた。よく見ると自転車のチェーンが外れていた。切れていなかったのが幸いだ。ちょっとてこずったが何とかはめ込んだ。気を取り直して出発。
風が向かい風だったため辛かった。途中、ハカセが自転車に何かが絡まったから先に行っててくれと言うので、少し歩を進めた。ふと鼻がむずむずしたのでこすった直後、鼻から何か垂れてくるものがある。「まさか!?」と思ったが、そのまさかだった。そう、鼻血が出てきたのだ。そういえば昨日から鼻の調子がおかしかった。でも鼻血もこんな自転車こいでる時にわざわざ出てきてくれなくてもいいのに・・・。そんなこちらの都合もお構いなしで、ポタポタと垂れてくる。慌てて自転車を降り、洋服につかないように前かがみになった。バッグからティッシュを用意している時もポタポタ垂れてくるが、おかしな体勢のためなかなかティッシュが見当たらない。ハカセに救援を頼もうと「はなぢー!」と大きな声で叫んだ。ハカセが近づいてきた。なんとか自分でもティッシュを用意できて鼻を抑えた。ハカセもこんなところで鼻血が出ることに意外だったようだ。ねぎもしょっちゅう鼻血は出るが、こんな時に出るのは何年ぶりだろうと考えた。すると、偶然3分場の顔なじみのメンバーがトラックに乗ってやってきた。「どうしたの?」「いや~、鼻血がでちゃいまして・・・」「大丈夫か?乗っていくか?」というような会話をして、トラックに乗りたいのは山々だったが、自転車があるからと断った。なんとか軽く鼻血を止め、鼻にティッシュを詰めた。鼻血に詳しいねぎはハカセにも鼻血のシステムについて簡単に説明をし、再度気合を入れ出発した。ティッシュが詰まっている鼻では呼吸が難しく、さらに苦しくなった。ハカセにねぎの顔を見せると大爆笑していた。鼻つっぺも苦しいが、爆笑もなかなか苦しそうだった。自分だけが苦しいのはイヤなので、何度もハカセに顔を見せてやった。


そんなこんなで3分場に到着。今日は村長さんの家で聞き取り調査をやる予定だったが、村長さんは家にいなかった。息子のチクチーさんがいて、村長さんの居場所を聞いてみると、「今日はアルタマさんの娘さんの婚約式でアルタマさんの家にいるよ」と言う。「え?我らが北の管理チーム、アルタマバーバの娘?ロンタン?婚約!?」驚いた。つい一昨日会った時は何も言っていなかったのに。そんな気配全くなかったのに。急いでアルタマ家に行った。村の人たちが集まって宴会をしていた。村長さんもいた。すでに酔っ払って顔が赤くなっていた。この顔を見た瞬間、今日の調査はダメだと思った。そしてロンタン、ロンタンの対象(結婚相手)にも挨拶した。ロンタンは恥ずかしそうだったが、嬉しそうだった。2人の写真を撮ってあげようとしたが、恥ずかしがって取らせてくれなかった。ロンタンもなかなか頑固だ。婚約式は最初に男性陣が円卓と炕で食事をする。その間、女性陣は周りでおしゃべりをしながら待っている。ロンタンの対象は皆にお酒=白酒を振舞う。男性陣が食事を終えると次に女性陣と若者、ロンタン、ロンタンの対象、対象のお兄さんが食事をする。その中にねぎたちも混ぜてもらった。ロンタンと対象は隣の席になったが、ロンタンはとても恥ずかしそうにしていた。2人が隣同士になったので写真を撮ろうとしたが、ここでも嫌がって撮らせてもらえなかった。これ以上やったらロンタンに嫌われそうなのでひとまず食事に専念することにした。ロンタンはとても恥ずかしがり屋なので、ロンタンが席を外している時を見計らって、対象にいつ出会ったのかを聞いてみると2,3ヶ月前だと言う。ハカセはピンときた。そういえばロンタンが携帯を持つようになったのも確か2ヶ月くらい前だったと。なるほどね~。ハカセとねぎはニタニタ笑った。そしてハカセとねぎもロンタンの対象からお酒=白酒を注いでもらった。ハカセは1杯でストップしていたが、ねぎは3杯も注がれてしまった。もうダメだ。。。午後は使い物にならない。


食事を終えると睡魔に襲われた。炕の上にはすでに喜びのあまり白酒を飲みすぎ、顔が真っ赤になったアルタマバーバが横たわり昼寝をしていた。その隣にナラマーマが「ねぎ、ここに寝ろ」と枕を用意してくれた。ナラマーマの誘惑には勝てなかった。ハカセには悪いがちょっと休ませてもらおう。
---------(2時間ほどお昼寝)----------
しばらくするとジャラジャラという音と共に目が覚めた。食事をしていた円卓が奥様たちの麻雀広場と化していたのだ。ぼんやりとする意識の中で、隣を見ると人が寝ている。「あ、な~んだハカセも結局昼寝したんだ」と思ったが違った。ねぎよりも早くに潰れていたアルタマバーバだった。まだ復旧見込みはないようだ。きっと嬉しかったんだろうな、アルタマバーバ。いつも顔が赤いアルタマバーバだけど、今日はいつも以上に赤かった。普段から口数の少ないアルタマバーバだけど、嬉しくて嬉しくて、その嬉しさが言葉ではなく顔の色から分かった。一人娘が婚約する。どこの国においてもその親の嬉しさは変わらないんだな。
どーも、ねぎです。


寒い!気温がいっきに下がり、今日の天気予報では最高気温8度、最低気温0度と伝えられた。昨日は最近買ったニット帽をかぶり、3分場(緑化隊で草方格の時にバスを降りた集落)に行った。
3分場の商店に行ってみた。商店のおばちゃんはとても気さくで娘たちよりも積極的に話しかけてきて、「このモンゴル語 or 中国語は日本語で何と言うのか」など色々聞いてきて、今では一通りの挨拶はしゃべれるようだ。この日はお昼過ぎに行ったため、「ご飯は食べたのか?」と聞かれ「食べてない」と答えると、粟に自家製バターと砂糖とお湯を入れたものを出してくれた。混ぜて食べてみるととてもおいしかった。その後おばちゃんが突然写真を撮ってくれと言い出し、恐らく自分の持っている洋服の中で一番いいものを出してきて着替え始めた。靴もちょっとかかとの高い靴に履き替えていた。そしてハカセが写真を撮ってあげるととても満足そうにしていた。


帰りにハカセがふがしのようなお菓子を買うと言い出し、ねぎも1つ欲しいとおねだりしたところ、いきなり太っ腹になってしまい「じゃあ6本!それからこれも。これも・・・」と勢いよく、お店にある1角(0.1元)のお菓子をほぼ全て買ってしまった。ハカセがお菓子をチョイスしている時、ふがしの匂いを嗅いでみると、なんか変な匂いがしたが、もう買ってしまったしいいや、とそのまま商店を出た。早速ふがしのようなものを食べた。ふたりで同時に口に入れ、ふたりで同時に顔をしかめた。あの変な匂いが脳天まで届いてしまった。なんと表現していいか分からないが、食パンの匂いを数億倍濃くしたような感じだ。そのままふたりで吐き出した、唾まで全て、歯にこびりついたものも全て。そしてハカセが所持していた飴を口直しに食べたのだった。


その後、トンラガバーバの家に行ったがバーバがおらず、マーマがいた。トンラガマーマは笑顔のとてもキレイな人だ。りょくちゃ~ずはいつもトンラガマーマの笑顔に癒されている。しかしそんな優しそうなトンラガマーマはニット帽をかぶったねぎを見て「老太太(老婦人に対する敬称)みたいだ」と言った。大山羊さんにも「このニット帽をかぶるとちょっと年齢アップするよ」と言われたことがあるが、トンラガマーマにもそんなことを言われるとは、それはそれはショックだった。「え~・・・、そんなにおかしい?」と、大きな鏡の前で帽子をセットしなおして見ていたら、後ろから追い討ちをかけるかのごとく「体格大(体格デカイね)」と、お尻周りを強調して言われた。トンラガマーマ・・・、優しい顔して結構キツイこと言うのね・・・。体格がデカイのも、お尻が大きいのも今に始まったことではないのに今更言われるなんてね。そして最後に「胖了(太った)!」ととどめを刺された。もう最近太ったのは色んな人から言われて知ってるから、わざわざ教えてくれなくてもいいよ、と心の中でつぶやいた。普段はモンゴル語しかしゃべらないトンラガマーマでも、こういう時は中国語が出てくるようだ。限られた中国語で乙女心を傷つけた一見おとなしそうなトンラガマーマ、意外とつわものかも。


時間も遅くなったので、自転車で宿舎まで戻り、一本道を歩きバスの通る大通りまで出た。バスを待っている間、ハカセが買ったもう1つのお菓子、チョコクランチ(のようなもの)を食べた。が、「いつのだ?」っていうくら湿気ていて、味もなんじゃこりゃって感じでこれもまた吐き出した、唾まで全て、歯にこびりついたものも全て。そしてねぎが所持していた日本製のチョコレートを口直しに食べたのだった。
中国の農村菓子(特に安いもの)にやられた1日だった。


そして今日も3分場に行ったが、元小学校の校長先生の家で、念願のお昼をご馳走になった。今までずっと会う度にご飯を食べていけと言われていたが、いつも「今度来るよ」と言って実現しなかった。今日やっと校長先生と白酒を交わし、現地の生活の話を色々と聞くことができた。先生は今は体を壊して退職している。生活も苦しいようだ。しかしそんな中でも子供2人を学校に入れ、一人目の娘さんは地域で一番レベルの高い高校に通っている。校長先生が学校に手紙を書いて、経済的に苦しくても成績がよい子が受けられる奨学金(年700元=1万円)を受けられるようになったそうだ。子供は勉強をがんばり、親はそれをサポートする、家族の絆を垣間見たような気がする。そしてその心の温かさはねぎたちにもお裾分けされた。「日本からこんな貧しい地域を支えてきてくれてありがとう。みんな私の娘と同じだよ。私は君たちの中国の父親だ。どこの国にいても父親は必要なんだ。」と。苦しい生活の中でも、心の豊かさを感じることができた。人間お金を得るより、徳を得たいものだ。
ねぎです。

昨日は日本のサンタさんから贈り物が届いた。かねてからサンタさんにリクエストしていた本だしが一緒に入っていた。あまりの嬉しさにやりすぎポーズをとってしまったねぎだが、俄然料理もやる気が出てきた!といっても本出汁を使った料理をしたことがないのであるが・・・。まあどうせハカセと2人だけだから、失敗してもリスクは少ない。


いざ、肉じゃがを!肉、たまねぎ、ジャガイモ、人参を入れ、ボール1杯の水をザバーっと入れた。そして気付いた、煮物ってこんなに水分多かったっけ・・・?と。中国には炖菜という日本の煮物のようなものがあるが、日本と比べると汁が多く、自分たちで煮物を作る時は中国式に汁を多めに作っているので、ついつい今回も水を多く入れてしまった。でも入れた水を捨てるのもどうかと思い、そのまましばらく煮込んだ後、本だし、砂糖、塩、醤油を入れた。醤油はたまり醤油のようなものを使っているので、色が黒くなってしまった。味見をしてみたが薄かったので塩をさらにドバッと入れた。今回はちょっと多かったようで味が濃くなってしまった。ハカセにも味を見てもらったが、これ以上はいじらない方がいいと言われ、最後に粉条(マロニー)を入れ、完成!他にもきゅうりを塩、ごま油、唐辛子で和えたものを作った。


早速ハカセと二人きりの宴会を始めた。お酒は昔もらった缶チューハイ。久々の日本の缶チューハイにハカセとねぎはしびれた。マンゴー、グレープの2種類があったが、ジュースのようでとても美味しくすぐになくなってしまった。問題の肉じゃがだが、ちょっとしょっぱかったものの、やはり日本の味がした。これは本だしがないと出せない味だった。でも何かが足りなかった、なんだろう。ハカセと10秒くらい考えたが、どうやらお酒を入れていなかったせいのようだ。お酒も何人かのサンタさんがくれたものがあるのに、すっかり入れるのを忘れていた。これらは農村に持って行って飲む用にしよっと。そして大皿に大量に残った汁は捨てるのはもったいないのでまた次に使うことにした。(けち?)ハカセとはいろんな話をしたが、缶チュウハイの後に飲んだ現地の奶酒によって、その大部分が忘れさられてしまった。ごめんね、ハカセ、くだらない話が多かったと思うけど、いい話もしたはずだよね?



肉じゃが?




ちなみに名誉挽回のために言いますが、Tシャツは2日に1回は代えてます。(え、挽回できてない?)
おっす、おらハカセ

今日はあっち~。部屋の中では半そで常夏気分。ねぎちゃんはいっつもティンバーの水色Tシャツを着ている気がするな?何日間くらいきてんのかな?まっ、いいや。そんな私も3、4日間ぐらい風呂に入っていなぁい。でも、気にしなぁい。多分、ゲーリーもバータイフも毎日風呂に入ってんだろうな。こっちにいるときよりも汚れてないくせにぃ。見栄はっちゃってぇ。

そういえば、昨日突然サンタクロースから手紙が届いた。届けてくれたのはトナカイではなく、中国人だった。その手紙にはコンスターチと書いてあった。あっ、これはもしや・・・・!?手紙と言うのは、荷物が郵便局に届いていますを意味する伝票のこと。これが来たら、郵便局へ行って荷物を受け取るわけ。荷物はたとえ本人であってもパスポートを提示しないと渡してくれない。うっかり忘れると、がっかりするわけである。サンタさんからの荷物はねぎちゃんが取りに行った。サンタさんは日本のサンタだった。二人はプレゼントをあけてびっくり、焼酎2本攻め+日本酒攻撃!!このサンタさんは意外とイケイケで、私達お子ちゃまのハートをわしずかみっ。思わずねぎちゃんは記念撮影。興奮しすぎて思わずやりすぎポーズ。

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 今まで、いろんなサンタさんから贈り物をもらった。みんな煙突から入ってくるわけでも、トナカイであるわけもないけど。とっても嬉しい。中身が輝かしいことにプラスして、その気持ちが嬉しい。サンタさんたちは、みんな今まで知り合いだった人達じゃなくて、知り合っていてもそんなに親しい仲だったわけではなくて、たった4日(中には2ヶ月、半年もいるけど)くらいの付き合いの中で、すごく親しくなり、今も続けて関係があって、応援してもらって。今は顔を見ることはできないけど、贈り物が届くとサンタさんの顔がぽんと浮かぶ。出会いの素晴らしさを感じてしまう。

この場をかりて、日本にいる全てのサンタさんにお礼申し上げます。
ありがとうございました!!!たくさん食べて、元気もりもりおでぶになりまーす(BYねぎ&スタッフ一同)。
こんにちは、ねぎです。
昨日に続いて、「虫たち~第2部~」をお届けします。


カエル。こいつを発見した時の衝撃度合いは強い。こいつはご丁寧に玄関から入ってくる。カエルが嫌いなねぎは最初はおののいていたが、夏にはほぼ毎日来訪があり、自分が見つけたんだから自分で何とかしないと、と思い、箒で玄関まで追いやれるようになった。日々の訓練の賜物だ。しかもこいつは意外と大人しく3cm大のヤツなら可愛いかもしれない。でも小さいカエルを追い出して玄関までたどり着いた時、その先に8cm大の大きなカエルが構えていたのにはさすがに驚いた。箒で掃くのも気持ちが悪かった。そういえば彼は以前私を恐怖のどん底に陥れたことがある。外出のため靴を履いたところ、靴の中に何か柔らかいものが入っている感触があった。靴の中を覗いたが暗くてよく見えなかった。靴をトントン、と逆さに振ったところ、5cm大の彼が転がってきた。思わず絶叫し、靴を放り投げてしまった。そして全身には鳥肌が。。。大山羊さんやジャンウェイが駆けつけてきたが、こんなことで来てもらうのが申し訳なかった。以降、靴を履く時は靴の中まで確認しないまでも、いつも覚悟して履くようになった。


ヘビ。発見した時の衝撃度合いはずば抜けている。ねぎは以前瓦房宿舎の玄関を入った瞬間、30cmくらいのニョロニョロっと動く細いヘビを見つけた。大絶叫。もう自分でも何を言っているのかは分からないくらい騒ぎまくった。とりあえず「ヘビ、ヘビ、ヘビ、ヘビ!!!!」とだけは叫んだような気がする。そして料理長、大山羊さん、ハカセ、外にいたゲーリーが駆けつけてきた。しかしアイツは玄関に置いてあったいろんな荷物の下に隠れ、なかなか見つからない。
続きを読む
ども、前回頭を強く打ったねぎです!
どうにか生きてみなさんとお会いすることができました。


3日前からこの部屋にハエが入り込んできた。大粒の俊敏なつわものだ。
1日目は明け方に頭の周りをブンブン飛びやがって、睡眠を妨げられた。そして睡眠不足のままジョナムラ君のパーティーへ。いつもよりも酔いが回るのが早かったのはそのせいだったかもしれない。
2日目も寝る前にハエがいたのに気付いたが、あいつ、意外とすばしっこくて叩き落すことができない。またもや頭の周りをブンブン飛びやがって、「そんなに頭が臭いのかよ!1日洗ってないだけじゃないか!」と布団に潜り込んだ。そしてジョナムラ君のパーティーで疲れたので、そのまま寝た。
夕べは頭を洗って寝たので襲われることはなく、安眠を手に入れることができた。


思えばここに来てたくさんの出遭いたくない虫、動物たちと出遭った。
テントウムシ、ハエ、蚊、糞転がし、ムカデ、カエル、ヘビ、オケラ・・・
テントウムシはまだいい。人にはそんなに害はない。(農作物に害があるかもしれないが・・・)ただ首とかにくっつくと軽い痛みを覚えるくらいだ。でも大群でいるので気持ちが悪い。


ハエ。これも農村に行けば必ず1空間に何十匹といる。そんな中でねぎたちボランティアーズは昼寝をしていたのだ。最初は気になって仕方なかったが、気にしていても寝られないので気にするのをやめた。ナラマーマはハエ叩きでいっきに2匹も殺したことがあるハエ叩きの名人だ。ハエ叩きの名人といえば、ハトタラの銀山さんだ。銀山さんはまずハエを目で射止める。そしてハエが飛び立とうとした瞬間に両手でパシッと捕まえる。通常の人間なら手でハエは捕まえないだろう。そして更に銀山さんのすごいのは、捕まえたハエは中身が飛び出ない程度に圧死させるところだ。


蚊。モンゴル語ではバーダイフ。これは日本から来た緑化隊の皆さんが植林や剪定の際にとても悩まされたことでしょう。ブログに登場するバーダイフも唇をヤツに奪われ、上唇全体が大きく腫れ上がったことがある。傑作だった。あまりに面白い唇になっていたため、写真をバシバシ撮っていた。しかしそんなねぎに神は天罰を与えた。ふと朝目がさめてみるとなんか唇が腫れぼったい感じがする。鏡を見てみると右上唇がパンパンに腫れていた。かゆみはなかったが蚊以外に考えられる理由がない。バーダイフはねぎを見て復讐かのように笑っていた。人の不幸は楽しいものである。蚊は嫌だ。お肌が曲がり角を過ぎた頃から蚊に食われた後がなかなか消えにくくなる。女性の大敵だ。ねぎも6月に雲南省に行った時、毎晩蚊の攻撃を受け、手足に病気のような斑点がポツポツついてしまった。蚊を撃退するのに一番いいのは蚊取り線香。宿舎は火気厳禁だが蚊取り線香だけは許されていた。蚊取り線香の威力はすごい。蚊ではない小さな虫も天井からポタポタ降ってくる。そして最終的には人間までもが不思議な睡魔に襲われてくるのだ。これってやばい?そしてそこで蚊取り線香を消すのがいつものパターンだった。


糞転がし。これは人に危害を加えないので、箒で適当に外に追いやっていた。でもヤツも箒で掃かれるとき、一生懸命抵抗しようとする。お尻をプリッと上げ、威嚇するのだ。でも残念ながら威嚇されても怖くもないわ!とばかりに処理してゆく。


ムカデ。彼は初めて目撃した時は気持ちが悪かったが、悪さをするようなヤツではないということなので、すぎにスリッパで叩いて一人で処理できるようになった。彼は体が潰れて死んだ後でも何本もある足だけがバタバタと生きていることがあり、気持ちが悪い。


第1部はここまで。今回の彼らはまだまだ序の口。次の第2部もお楽しみに。
ハカセです。

今日は3分場の村長と3分場の基礎情報を入手するためようやく話を聞けた。いつもみたく朝のバスに乗って瓦房まで行きたかったけど、私の胃がまだ痛むため(昨日の宴会)、朝から村に行くと、昼は必ず酒を飲まされるので、それを避けるために昼近くに行った。
バスは、あの一本道の前で止まる。この一本道を歩ききったところに事務所がある。だいたい20分くらいかかるかなぁ?永遠と続くとトウモロコシ畑と水田は四季の変化を感じさせてくれる。今は、全部刈り取られて、4月に来たときと同じ景色になっちゃった。「なんか寂しいかんじがする。」ってねぎちゃんが言ってた。

そういえばこの道っていろーんな思い出つまってるなぁって思う。初めのころはあたしと、ゲーリーのウォーキングをしながら恋花をする道だった。ゲーリーの恋話は、強烈だからおもしろかった。でも、本人も強烈すぎて印象に残りすぎてんるんだろうな、同じ話を結構聞いたから、ほとんど覚えちゃった。ただ一つだけ思い出せないのは、後輩の名前ぐらいかな。なんだったけ?

田植えシーズン、あの道にはたくさんの馬車が並んでみんなせっせと手で田植えをしていたなぁ。すごくにぎやかでこれが農村の活気ある姿かぁ、家族総出で作業するっていいなぁと思った気かな?

そうそう、6月に大清溝がつくった料金場と砂漠体験の看板が建てられたんだ。あれを境に、あの道を使って瀋陽や近隣の都市からたくさんの人が、3分場へ乗馬をしに行ったんだ。この観光業の登場にずいぶんと悩まされたなぁ。でも敵対心してたあの女ボスとは昨日意気投合して、仲良くなったけどね。

6月中旬くらいに、道の両脇にある用水路がたくさんのかえるとおたまじゃくしがうめつくされてたなぁ。砂漠におたまじゃくしの大群かよ!ありえね~ってゲーリーと見入ってたな。でもそのそばから5、6羽のアヒルが前方からやってきて、パクパクおたまじゃくし食べちゃって、ガーンってなってしまったけど。そうえいば、かえるいなくなっちゃったな。どこいったんだろ?

そういえば、9月ぐらいから道が雨の降りすぎで壊れちゃって、通行止めになったよね。それで緑化隊は新村の方から遠回りして事務所まで来たり、3分場へ行ったりしたんだった。でも、鳥取隊とビクター隊と視察隊は、運転手がかなり勇気のある奴で、あの道突っ切って行ってたけ?あいつなかなかいい奴だったな。

8月は、一人ガンチカからバスに乗ってきたバータイフをジャンウェイが迎えに来てくれて、二人でブーンと突っ走った。私は、選定作業の後に必ずNISSANの荷台に乗ってあの一本道を大熱唱して通り過ぎるのが大好きで、今は寒いから荷台に乗れないのが残念。青い空と澄んだ空気がお気に入り。

そいで、今は私とねぎちゃんの瓦房へ通う道になってる。何を話すわけじゃないけど、テクテク歩く。今日は私の調査について話したっけ?この間は、道を歩いてたら日が暮れて星を見たなぁ。一本道で繰り広げられるエピソード、多分掘り出せばたくさんある気がする。

他に何かあったけ?



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こんばんは、ねぎです。


ジョナムラ君の日本行きが決定した。ジョナムラ君は私たちの植林地近くにある集落の23歳の青年で、去年ハカセがホームステイした時に知り合ったそうだ。ハカセによると去年は「あいうえお」もできなかったという。
そして彼は去年の9月から呼市の日本語学校に行き本格的に日本語を勉強し始め、6月からは地元に 戻り、たくさんの時間を私たちと共にした。彼はねぎたちと一緒にいることで日本語の勉強になるし 、私たちは集落を回る時に彼の存在が大きかった。
でも実は最初、彼が日本に行きたいと言った時、ねぎはあまり賛成しなかった。
なぜかというと、日本に行く理由が「日本に行けばお金を稼げるから」ということだったから。結局 日本ってそういう風にしか見られていないのか、とちょっとがっかりした。でも彼と一緒にいていろ んなことを話しているうちに、彼の日本への気持ちが半端じゃないくらい強いことが分かり、次第に 彼を応援したい気持ちに変わっていった。


常に前向きで明るく強く優しく男らしいジョナムラ君だったが、忘れもしない7月、彼の通う日本語学校の学生が20人、彼の志望と同じ九州の入国管理局から受け入れを断られた、僕もダメかもしれないと、いてもたってもいられず、呼市に戻ると言い出した。いつ地元に戻るかは分からない、だからもうみんなとも会えないかもしれない、と涙を流していた。
中国の貧困地域の農村に住む一人の青年が挑んだ日本への留学。彼にとっては人生がかかっていたのだろう。日本にいるだろうか、涙を流してまで人生をかける若者は。日本では人生の岐路に立たされ、どの道に転がろうとも、それなりの生活ができる。しかし彼にとっては中国で一生を送ることになるのか、日本で恵まれた生活をするのか、人生の大きな賭けだ。涙を流したジョナムラ君は、それまでの姿とは違いあまりにも弱弱しく見えた。


そんなジョナムラ君が日本への留学が決まったと聞いた時は、自分のことのように嬉しく、涙が出そうになった。
そして今日は彼の家族や親戚、村の人が集まるパーティーにねぎたちも参加した。ジョナムラ君は本当に嬉しそうだった。ジョナムラ君のお父さん、お母さん、妹のスイレン夫婦、参加者みんな嬉しそうだった。ハカセとねぎは「日本では誰かが留学する時に、こんなにみんなが集まって祝ってくれるなんてことはないよね」と中国のステキな文化に触れたような気がした。中国は日本よりも遅れていると言われているけれど、でも心の豊かさ、人情という面では日本よりも優れているかもしれないと思った。
本当に楽しく、嬉しく、白酒を小さなコップに4杯くらい飲んでしまった。途中ハカセが、日本に行ったら今まで以上に辛い困難があると思うけど常に前向きにがんばって、という意味を込めて「上を向いて歩こう」を唄った。それを皮切りにみんなが次々と歌いだしていく。トンラガバーバも唄った。集落に作られた砂漠の観光地を営む女ボスも「母親(ムーチン)」を唄った。ふと隣にいたスイレンを見ると目に涙をためていた。それを見た私も思わず解禁。涙がとめどなく流れ出した。そしてハカセを見るとハカセまで泣いていた。本当に嬉しい。この喜びをどう表現してよいのだろうか。ねぎもいつでもここでの思い出、家族を忘れないで、という意味を込めて「涙そうそう」を唄った。
トンラガバーバが歌っているとき、ジョナムラ君のお母さんを見たら泣いてその場を離れていった。それを見てねぎはまた号泣した。後半はほとんど涙涙だった。


本当に涙ってよく出るもんだ。いったい体のどこにそんなに水分がたまっているのだろうか。でも涙が出ても、トイレには行きたくなる。途中外に作られた中国式トイレに行ったが、入り口の天井が低く、酔っ払ったねぎはそれに気付くことができず、思い切り頭を打ち付けて、一瞬お星さまが見えた。脳震盪を起こしそうになりその場でもがいた。でも酔っていたせいか痛みはそれほど感じられなかった。そして次の瞬間には忘れた。


楽しい時間はあっという間に終わってしまい、みんながどんどん帰っていった。ハカセとねぎはバスが来るまで店に用意されたベッドに横たわり少し休んだ。店の小姐が呼びに来るまで完全に寝入ってしまった。端から見るとまさに酔っ払い。しかしテーブルのすぐ横にベッドがあるって、日本では考えられない、不思議。でも酔っ払ったらいつでも寝てください、って感じでのんべえにはとてもありがたいシステムだ。


3時にバスが来て、ハカセとねぎは慌てて起きてバスに乗った。ハカセは酔っ払ってぐったりしてバスの椅子にもちゃんと座ることができず、窓を背もたれにして横向きに座っていた。おかげでねぎのスペースがとても狭くなったが、ねぎも同じく酔っていたためどうでもよかった。酔っていると時間の感覚もおかしくなり、5分くらいでカンヂカに到着したような気がした。
バスを降り1元タクシーに乗った。その瞬間、ハカセが口を抑えた。「え?これってまさか・・・」と思い、反射的に閉めたばかりのドアを再び開けた。そう、ハカセは走る1元タクシーのドアからゲーローしたのだ。すごいテクニックだ。ねぎも酒にまつわる修羅場をいくつもかいくぐってきたが、さすがに乗り物の窓(ドア)から失礼ことはない。
つい最近ハカセは「この街って日本と違って道路にゲーローってないよね」って言ったそばからハカセ自身が道を汚してしまった。ハカセにとっては屈辱的だったろう。


そんなハカセは今6時間の昼寝を終え、ベッドにパソコンを持ち込んで作業開始しようとしたが、やはりダウンしてパソコンの画面を見ながら寝てしまっている。


ねぎはがんばってこのブログを書いている。ふと頭に手をのせたら、何かかさぶたらしきものがあった。なんだろうと思って色々考えたが、そういえばトイレで頭を打ったことを思い出した。酔っ払って頭を打ったことすら忘れていたが、相当激しく打ったようだ。酔いがさめてきたのでだんだんひりひりしてきた。完全に酔いがさめる明日はどうなっていることだろう。。。怖い。


死んでいなかったらまたこのブログでお会いしましょう。
今日は本当にいい酒だった!
こんにちは、ねぎです。

そういえばこの間、カンヂカ自炊生活の失敗作について触れたが、カンヂカ自炊生活自体をこのブログで紹介していなかったため、今回はその全貌を公開したいと思う。

カンヂカ自炊生活は長期ボランティアとしてカンヂカに到着した時点で既に始まっていた。ねぎはずっと親元で生活していたので、料理なんて炒めて味付けするくらいしかやったことがなかった。特に材料を切るという面においては小学生並だ。ゲーリーも昔自炊していたことがあるし、ハカセもバイトで経験があるし、料理長も料理が好きだし、大山羊さんくらいしか同等レベルはいなくて心細くて、不安いっぱいだった。みんなでの自炊が始まったばかりの頃は、厨房がごった返し要領が悪くえらい騒ぎだった。そんな中、みんなが見ている前でねぎは人参を切っている時、手元が滑って中指を切ってしまった。みんな一瞬「あっ!!!」と言い凍った。痛みよりも恥ずかしさの方が強かった。よりにもよってその時はお父さんまで隣にいたのだ。お父さんはすかさず「この包丁切れないんだよねぇー、切れないとどうしても力が入っちゃうから危ないんだよ。」と言い、その後の人参を切ってくれた。さすが元シェフ、フォローの言葉も完璧だった。ねぎは指の血を抑えに部屋に戻った。現地に来て初めての怪我が人参切ってたら指切っちゃったなんて格好悪すぎ。哀れだった。その後しばらくへこんだのは言うまでもない。

そんなごたごたを続けているうちにだいぶ慣れたのか、手際がよくなってきた。ねぎの材料を切るスピードも速くなった。トマタマ、宮爆肉丁(ピーナッツ、きゅうり、肉のサイコロ切り炒め)はマスターした。大山羊さんまで宮爆肉丁を勉強し始めた。
上達してくると色んなものに挑戦したくなるのが人間だ。一番のチャレンジャーはこの間ホットケーキを失敗したハカセだった。ハカセの作る料理はアイデアに秀でていて、大体のものがうまくいっていた。(だからとりわけ今回のホットケーキ事件はショックが大きかったのだ。)抜絲もよかったし、ハカセタン(ハカセスープの意)もよかった。夏の定番、冷やし中華は好評だった。
ゲーリーの「しょうが焼き食べたい」にハカセが応え、しょうが焼きを作ったこともある。めちゃくちゃ美味かった。肉の奪い合いだった。

そういえばゲーリー、(中盤でこそねぎと逆転したが)当初朝が苦手だったためなかなか朝の登場回数は少なかったが、ゲーリーの作る煮物もねぎは好きだった。ゲーリーは冒険はしないが、安定した味がよかった。しかしそんなゲーリーも大きな失敗をしたことがある。それは冷やし中華だ。ハカセが一時帰国のため遺書のように残していった秘伝の「冷やし中華のタレレシピ」を見ながら、ゲーリーは初の冷やし中華に挑戦した。大山羊さんとねぎは完成品を口にした瞬間、何かが足りないことに気付いた。何が足りないか吟味してみると、にんにくかしょうがが足りないような気がしてきた。ゲーリーに聞いてみると案の定入れてないと言う。そう、そのレシピには最も重要な「にんにく、しょうが」が書かれていなかったのだ。ハカセは「書かなくてもいつもやってるから分かるだろう」と思い書かなかったのだろうが、ゲーリーはそれを察することができなかったのだ。

ねぎも失敗をしたことがある。ゲーリーが体調を崩して食事を作った後にいらないと言い出し、全員では食べきれなかったちょっと延びた麺を捨てるのがもったいなく、次の食事の時に炒麺にした。しかしあまりに大量でフライパンに山盛りになってしまい、フライパンを返すこともうまく混ぜることもままならなかった。箸で混ぜようにも延びてしまった麺は切れる一方。なんとか全体に火を通し、食卓に出した。大山羊さん、ハカセ、ねぎ、それぞれ一口ずつ食べてみた。みんなの感想は一様にして「流動食」だった。具合が悪いゲーリーも起きてきたので、「朝から何も食べてないでしょ?」と無理やり一口食べさせた。具合の悪そうなゲーリーも一口食べて笑っていた。感想はやはり「流動食」だった。

しかしこんな失敗すら失敗と感じさせないような大失敗を犯した人がいる。バーダイフだ。
バーダイフは8月2日から10月5日まで滞在していた。彼女は大学生で1人暮らしをしているらしいが、食事は作らないという。でも「ここに来たからには作らないといけない掟だから」とねぎがお局調にバーダイフに言い料理を作らせた。バーダイフが初めて作ったのは卵焼き。「卵焼きなら作れます」と言うので「おう、それなら作ってみぃ!」と江戸っ子調に答えた。「ちなみにねぎと大山羊さんは甘い卵焼きが好きだから」と言った。そして食卓に並んだ卵焼きを見て驚いた。まるで照り焼きチキンのように黒く焦げててかっている。「砂糖を入れすぎちゃったのかな?砂糖入れすぎると焦げちゃうんだよね。まあ多少焦げてしまっても甘い卵焼きならいいよ」と思い、口に入れた瞬間、更なる衝撃が走った。(甘いのか?しょっぱいのか?ん、中に何かあるぞ?ねぎだ!)「バーダイフ、これって砂糖以外に何入れたの?」と聞いてみると「塩と醤油です」と答えた。こんなに凝った味付けの卵焼きは初めてだった。どうやら既に塩と醤油を入れた後に、ねぎが「甘いのが好き」と言ってしまったから、後から砂糖を入れてしまったようだ。バーダイフの気持ちはありがたかったが、微妙な心境だった。
バーダイフはその後もがんばって料理してくれた。しかし卵焼きに続き、再び失敗をした。ジャガイモの炒め物だ。ねぎは「ジャガイモを線切りか薄切りにして豚肉と塩炒めにして」とお願いした。が、ジャガイモはマクドナルドのポテト以上に太い線切りだった。Wendy'sのポテトくらい太かったかもしれない。そしてそれを炒め始めた。火力が強く、テフロン加工ではないフライパンではすぐに焦げ付いてしまう。しかし太いためなかなか中まで火が通らない。でもこのまま炒めてると焦げてしまう・・・。ちらほらと焦げ付いたところで炒めるのをやめた。そして食卓に並んだ。味付けはなかなかよかった。が、中まで火が通ってなかったため、ガリガリ君だった。
バーダイフの料理にはいつも楽しませてもらった。

そして今、大山羊さん、料理長、ハカセ、ねぎの4人暮らしが始まったが、ねぎは朝が弱いためいつもみんなに作らせてしまっている。そのくせ楽をしようとして「外に豆腐脳を食べに行こう」などと言っている。主婦って大変なんだな、つくづく自動で料理が出てくる環境がうらやましいと思う。ここでの生活もあと1ヶ月ちょっと。ゲーリーもバーダイフも既に帰国してしまい、食卓が一気に寂しくなった。料理する時は少しでもみんなが楽しく美味しく食べれるものを作るよう心がけますので。
3日坊主症のハカセです。

今日は10月31日が終わって、ついに11月1日になってしまった。ここに来てもう8ヶ月経った。4月に来たときは、ゴールの12月がとっても先に感じられたのに、今はめちゃくちゃ近くに感じる。あっという間だな。

ハカセは、現地スタッフの中では最年少でスタートを切ったけど、年上で初対面のねぎとゲーリーに対して敬語を使ったことがない。むしろ威張り散らしている。こんなハカセを二人は受け入れてくれたのが、とっても不思議でならないな。二人のことは年上だと思ったことはないけど、どっかで甘えていた気がする。8月には行ってバータイフが入り、立場が逆転しちゃったけどね。

ハカセの現地入りの目的は、現地住民の生活を一部始終見て、内モンゴル調査者として、来年の本格調査に向けてスタートラインに立つことだった。だから今年は、ほんとにいろんなところに出かけた。放牧についていったり、砂漠の裏側に行ったり、バータイフと一緒に村中を歩いたり、ねぎとゲーリーと一緒に村落地図を作ったり、ほんとにいろんなことをした。もし、何もせずただ村にいたら、こんなにいろんなことを感じることが出来なかったと思う。他にもたくさんやりたいことがあったけど、行動することってすごく難しいことも良くわかった。

ここで、調査することは勝負だと思ってる。でも、日本に帰ってもその勝負は続いていて、多分そっちの方がハードだと思う。でもね、こっちで出合った全ての人、応援してくれた全ての人が常に頭の中にいるから、その勝負に絶対負けないと思ってる。

よく、「○○さんが私を手伝ってくれたお礼にお酒をおごります。」とかっていうのあるけど、私それは違うと思ってる。多分、○○さんが手伝ってくれたことを大成功させることが、御礼だと思う。だから、私は自分の調査や現地活動中に声をかけてくれた全員に研究でいい成果を出して、現地に還元することでお礼をしたいと思っているよ。

宣言!!来年4月にでかい学会で発表する!!それで多くの研究者から助言をもらってパワーアップして7月に現地に戻る!!

滞在をあと1ヶ月にして、ここで出会った人へこの場を借りて宣言します。



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