緑茶化ネットワーク★裏ホームページ
りょくちゃ~ずの愉快痛快な生活ぶりを人知れず公開。
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どうもどうも。遊びまくりのねぎ姉です。

先日、従妹&友達と8時間もカラオケをしてしまいました。家に着いたのは明け方4時でした。



さて、先日の続き、列車ですっかり眠ってしまい、目が覚めたのは7時ごろ、あと1時間で北京に到着というところだ。同じコンパートメントには北京で結婚式の写真撮影を勉強に行くという若夫婦が乗っていた。夫の方は日本人の親戚がいるということでとても親日的だった。しばらくお話しているうちに北京に到着。



北京に着いてハカセとねぎの第一声は「寒くなーい!」だった。

カンヂカではマスクをしていなければ寒さで顔がチクチク突き刺さるように痛かったが、マスクなしで北京に降り立っても顔が痛くなかったのである。その後もハカセと「顔が痛くないねー」と、のん気にこの暖かさを喜んでいた。翌日えっらい目に遭うことも露知らず。。。
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ハカセです。

帰国してから今日に至るまで2005年に現地で活動した緑化隊の隊員さんたちと顔を合わす機会が多くて、心がほっくほく。

12月18日:ムサコウでバータイフと再会
12月26日:地下チューで主にドコモ、データさんと再会
1月16日:お父さんの家でゲーリーと再会(ねぎちゃんもいる)
1月18日:地下チューで主にCWの方と再会
1月24日:JVCさんと田中さんと再会


現地のことを知る仲間と話す話は盛り上がるから楽しい。だって、私の友達にいくら現地の良さや過酷さを伝えても笑い話にならないんだもん。緑化隊の人達と話すと全て笑い話になるからいいだよなぁ。私は去年からボランティアをやっているが、今年みたいに帰国してから大勢でわいわいしたことがないんだよねぇ。だから、呼んでいただけることに感謝であります。ほんとに嬉しい。



みなさんと話をしていると、結構みなさんの砂漠に対する興味が深くなっているような気がした。例えば、「自分達が植林したことが今後どんな効果となって現れるのか?」や、「地元の人から受け入れられてたのかなぁ?」とか、「ガンチカには、ハンバーガー屋があったの?いきたかったぁ」とか、「草方格はいつになったら天然の草方格になるの?」とか、現地で活動する前はもつことの無かった興味ばかり。いいですね。こうしたみなさんの声って、私にとってはめちゃんこ刺激になっているんだよね。だって、研究テーマになりうることばかりなんだもんっ。実際、今年の調査のうちの一つは、こういった皆さんの声から考えたものがあるんだ。やっちゃうよぉ~、面白い研究っ。
DSCF7067.jpg

ちょっと、ともちゃんてばにんにくむいている暇はないよ(北京にて)


3月5日に慶応大学COE主催で緑化ネットワークの現地活動と研究活動の報告会(シンポジウム)が開催される。それには、私もどど~んっと発表者として参加!!ここでは、緑化隊のみなさんが帰国後に新たにもった疑問などを解くヒントがいろんな方面から報告されると思う。私は、地元住民に着目した発表をするんだっ。でも、研究となると、なんだかとっつきにくい感じがあると思うけれど、ここでは一般の人にわかりやすく説明することが目的なので、怖がらなくても大丈夫。だって、ステージに私がいれば、親近感あるあるっ♪是非、見に来てほしいと思います。

ハカセです

最近、姿をくらましていた理由は忙しかったからです。今年一年の研究成果をまとめまくっていたからです。いやぁ~、つっかれたぁ。本日、担当教官から「もう、見ない。出してくれ。後は自分の責任だな」的なことを言われて、学会に論文の概要を提出。


本番は4月4日!!東京○業大学にて
こんにちは。ねぎ姉です。

今日はカンヂカ出発の様子をお伝えします。



朝荷物をまとめ、ハカセと最後にカンヂカの街を散歩した。ハカセのお土産購入に付き合い、ねぎの銀行と携帯を解約してきた。

まずは北京行きの列車に乗るため、カンヂカからバスに乗り通遼市へ移動。カンヂカの見送りには、料理長、ウルンタナ、セルゲレンが来てくれた。通遼までは大山羊さん、ジャンウェイも同行してくれた。バスが来るまで少し時間があったので、近くの店で最後のお昼を食べた。ウルンタナはいつもとは様子が違い、終始無言でうつむき気味だった。ウルンタナとはいつの頃からか子供の喧嘩のような冗談を言い合うようになっていたが、この日はいつものような調子でからかってもノリが悪かった。そんなウルンタナの姿を見るとこっちも辛くなってしまう。ウルンタナには何もしてあげられなかったなー。ごめんね。いつになるか分からないけど必ずまた行くから。できれば写真を手渡ししたいな。そしてまたいつものようにたくさん冗談言おうね。


最終日、事務所で
最後に事務所で撮った記念写真

最後に見送り3人組と握手をしてバスに乗った。カンヂカからのバスはとてつもなく混んでいた。予めバスの席を買っておいたが、すでに満席でしかも我らの席は一番後ろ。通路にも人がわんさかいて、とてもじゃないけどこの人たちを掻き分けて後まではいけない。しばらく入り口付近で体をよじりながら耐えていた。ねぎの足場はとても悪く、片足で立っていた。疲れたので体勢を変えようとしたらおじさんの膝の上にぴったりといい具合に座ってしまった。あ~、これ楽だわ~、でもおなごがおじさんの膝に座るなんてどこの国でもタブーだよなと思い、笑いが吹き出してしまった。ハカセにおじさんの様子を確かめてもらったら、おじさんもニヤけていたようだ。これはマズイ。早く何とかしないと。慌ててまた片足で立ちなおした。
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謹賀新年
Produced by NEGI
あけましておめでとうございます。

ねぎでございます。



12月11日はついに瓦房最終日でトンラガ家からお別れ会のお誘いがかかっていた。

いつもどおり朝8時40分カンヂカ発のバスに乗った。このバスともこれでお別れだ。ハカセと最後にタンフール(サンザシを飴でコーティングしたもの)を買った。タンフールを初めて食べたのは10年前だったが、その時は美味しいとは思わなかったのでそれ以来食べていなかったが、ここに来てまた食べてみたら意外と美味しいことに気付いて瓦房までのバスの中でよくハカセと買って食べていた。そんな日々もこれで終わりだ。



瓦房でバスを降り、前日にお世話になったちょっと大きめの1元タクシーが待っててくれ、そのまま3分場のトンラガ家まで向かった。トンラガ家に着くと、娘美英や南管理チームのウルンタナが料理を作っていた。同じく南管理チームの韓雨や新村のセルゲレンも来ていた。ママは親戚の結婚式準備で忙しく不在だった。息子たちも農作業のアルバイトに出ていて不在だったのが残念だ。お昼まで少し時間があったので、お世話になった方々の家にお別れの挨拶をしに行った。

まず最初に元校長先生の家。次にじいちゃんち。その次に「え~い」のじいちゃんち(でも不在)。その次に商店を回った。

最初は「明日帰る」という実感が沸かず、いつも通り家に行くと校長先生ご夫妻もいつも通りに出迎えてくれた。いつも通り何気ない会話をし、それでは今年はたくさんの想い出をありがとうございました、というところで急に胸が苦しくなりあれよあれよと言う間に涙が溢れてきた。次のじいちゃんちも同じだった。挨拶の時にやはり窒息するかと思うくらい胸が詰まった。そして皆共通して「泣くな。お前は家族と同じだ。いつでも戻ってきなさい。」と言ってくれる。その言葉を聞くと更に涙が出てくる。もうダメだ。校長先生も泣いていた。ばあちゃんも泣いていた。みんなしわしわでがさがさな手で涙を拭いてくれた。手のしわにはそれまでの人生の苦労が刻まれているようだった。校長先生の家、じいちゃんの家と泣きまくり、「え~い」のじいちゃんが不在、商店のおばちゃんはいつもよりも言葉少なげだった。ねぎの目がETのように腫れ上がっていたから引いたのだろうか・・・。商店のおばちゃんの家では涙をこらえたが、おばちゃんと別れた後にやはり号泣してしまった。

校長先生の家 じいちゃんばあちゃんとの別れ

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