緑茶化ネットワーク★裏ホームページ
りょくちゃ~ずの愉快痛快な生活ぶりを人知れず公開。
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はかせです。
明日は私の誕生日で25歳になります。
振り返ってみると、物心ついたときから今日までほんとに楽しい日々で、それなりに人と違った面白い生き方をしてきたように思います。これから先の人生を考えると、ちょっと前半で面白いことやりすぎちゃった感があります。でも、これからはそれよりもっと面白いことをしたいとたくらんでいるので、更に楽しくなるんじゃないかと楽しみです。


私の皆さんの印象って「元気、希望に満ち溢れている、まじめ」というところでしょうか?今までそれを売りにしてきたので、だいたい自分の見られ方はこんなところかなと思っております。(もっと違う見方があったら教えてください。)


ただ、私だって今までいい子ちゃんで生きてきたわけではないのです。今から思うと、あの時少し今までと違った道を歩いてみてよかったなと思っています。そのおかげで今、向かおうと決意した道に思い切って飛び込むことが出来るようになっているんじゃないかな?なんて。そう、あれは高校2年生の夏だった。まさか、私が世を騒がせたコギャルをやっていたとは誰も知らないだろう。


【高校生になった私】私が高校に入学する頃、女子高生が日本の天下を取っていた時代でした。そう、あのダルダルのルーズソックスに短いスカートに化粧、茶髪の全盛期、その中で私は黒髪、ひざ下のスカート、ずるずるには程遠い白いソックスを履いた模範的な高校生でした。
何をするにも「スポーツ、汗をかく、みんなで力を合わせてビクトリーロードを突き進む!!」がもっとう。部活も一番厳しいバスケ部を選んで、毎日毎日練習に明け暮れていた。これまでバスケは遊び程度にしかやってこなかったが、なんにでも素直にまじめに取り組む私、半年後にはスタメンになっていました。
こんなまじめな私が、ある人物と出会ってから少し違う世界をみることになりました。彼女は、共にバスケ部で汗を流す同期でした。その子は、コギャルそのもので、練習中も化粧をしていてよく先生に怒られていました。でも、根が明るく、バスケも抜群にうまかったのでやめさせられることはありませんでした。私は、「この子とは世界が違うから、あまり仲良くしたくないな」と思い、自ら進んで近づこうとはしなかったのです。(この頃は人を選んで付き合うような子でした。)


【コギャルとの出会い】ある時、その子が私に「お前、あたしのバッシュ(バスケットシューズ)片付けてこいよ。」と言い出した。実はすごくいじめられっこだった私(優等生にはよくあることですね、なんて)。高校まで来ていじめられっ子をひきづってたまるものかと思い、思い切って
「いやです。私はあなたの奴隷ではありません。自分でとってください。」と言い放ったのです。えらえいですねぇ~、頑張りました。
そう、これが彼女と仲良くなるきっかけとなったのです。その子は、それ以来、私と一緒に朝登校し、昼はお弁当を食べる。悩みを私に打ち明けるようになったのです。なんでしょうねぇ~この変化。
ただ、周りから見れば「コギャルとダサイ子が歩く」みたいな構図がおかしかったと思います。


【コギャルになる私】彼女との日々は楽しかった。良く二人で部活の後に夢を語り合い、恋愛の話もした。部活の話も。話は尽きることが無かったのです。でも、特に二人が燃えた話は、洋楽の話でした。私は3歳の頃からジャズダンスをしていたので、乗りやすい洋楽は大好きでした。彼女はHIPHPOPのファッションが好きで、洋楽もすきでした。よく、彼女が選んだ曲に私が振り付けをして踊ったこともありましたね。その時、私は思いついてしまったのです。「私、ダンスをもっとやりたい。部活なんてやってらんない。」そして、6番という素晴らしい背番号をいただいていたのですが、きっぱりやめました。彼女も後を追うように部活をやめました。私は、それ以降ダンスに励み、彼女は高校生でありながら、横浜にたくさんあるクラブに通い、DJの勉強をし始めました。彼女の化粧はエスカレートしていき、まったく高校生のようには見えなくなりました。そんな彼女に自然と憧れを抱いた私。「私も、あんなふうに化粧をしてかっこよくなりたい。そしたら、もっとダンスもかっこよく見えるかな?」そうして、わたしは制服のスカートを短くし、口紅を塗り、髪にぐるんぐるんのパーマをかけてしまったのです。私服には、9cmの厚底サンダル・ブーツを履くようになりました。


【コギャルな日々】夏休みになると、ボディーボードを持って海へ出かけ、体をこんがり焼く。ただ、私達は大の男嫌いだったので、男の人とはぜっっったいに遊ぶことはしませんでした。ただ、二人でそういった時間を過ごすのが楽しかったのですね。ダンスも髪型がゴージャスになったので、なんかうまくなった気になって、練習にも力が更に入っていきました。
そんなことを4ヶ月くらい続けてきて、あるとき気がついたことがありました。横浜や渋谷を歩くと声をかけてくる人は、必ず水商売のキャッチのお兄さんやお姉さんたち。「大学生?」と聞かれては、「いえ、高校生です。」と答える。私、歳相応の見られ方されていない。と気づいたんです。これはなんかいやだなぁ、窮屈だ。と思うようになり、次の春、大学受験に真剣に取り組むことを理由にパーマの髪を切り、ルーズソックスからハイソックスにかえ、厚底類の履物は全て友人にあげて、コギャルの世界から足を引いたのでした。


【コギャルを味わって変ったこと】世でだらしが無いと騒がれていた、私も怖いと思っていたコギャルと、彼女を通じてたくさん出会うことができた。
これをきっかけとして、私、誰とでも隔たりなく接することができるようになりました。「どんな人でも接してみないと中身なんかわからない」そう思えるようになりました。だから、今いろんな友達が出来るようになったんだと思います。


そう、これが私のターニングポイント。今から思えば、そこまでコギャルしていなかったと思います。あの時、共に遊んだ彼女とは今も関係が続いています。相変らず彼女はDJの道を突き進んでおります。昨年、現地では彼女が作ったミックスCDがボランティアーズ、大山羊さんに大好評で、夏はずっとかかっていました。その子は。つい先日、自分のレコードを作るとジャマイカへ旅たち無事に戻ってきました。まったく、人の誕生日を忘れていましたが、でも奴は私の中で宝ですね。


みなさんは、こんなターニングポイントってありました?昔はこんなんだったんだけど、あれをきっかけにこうなったみたいな。
あったらぜひ教えてください。
私の25歳、どうなるかな。とにかく研究生活最後の一年、現地の人、●化ネットの今後の活動、現地の緑化政策に一つ役に立つようなものを残せるように頑張ります。
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