緑茶化ネットワーク★裏ホームページ
りょくちゃ~ずの愉快痛快な生活ぶりを人知れず公開。
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まいど!ねぎで~す!

なぁんてテンション高そうに見えますが、最近忙しくて大変。。。
昨日は人生初めての「午前様」というのを体験しました。
朝の3時まで仕事をしました。4時就寝、7時起床=眠時間3時間。睡眠時間が命のねぎには過酷過ぎます。
頭がまったく働いてくれませんでした。眠すぎ。
そしてナチュラルハイ。

でもこんな時によりによって他部署の中国人スタッフと交流を兼ねたランチ会なるものにお呼ばれ。断るわけにはいきません。参加はしたもののあまりにも疲れたので会話すらできない状態に。。。他部署の人からはきっと「ねぎさんって無愛想な人なんだ」と思われたに違いない。交流どころか悪印象を与えてしまいました。

そして店を出るとスコールが・・・。ずぶ濡れ。
会社に戻ったねぎは髪も服もびしょぬれ、おまけにやつれ顔ときたもんだ。ありえないくらいヨレヨレの姿でした。そんな姿のねぎを見た同僚は、瞬間的にぶは~っと吹き出して笑い転げていました。でも分かる分かる、人の不幸って面白いんだよね。

人生初の午前様はこんな感じで幕を閉じました。
※今日は11時には寝るぞ!早くシャワーしないと。
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ハカセなりよ

本日、人生最後の研究調査の日程が決まりました。
8月8日~9月14日までです。


泣いても笑ってもこれが最後。ほんとに最後なんだと思うとすごく緊張してしまい、最近は寝れません。大好きな電車の中での睡眠もしてません。


でも、つい一昨日、大山羊さんと大魔神と話すまで私は初心を忘れていました。自分がなんで現地で研究をすると思ったのか、それは、現地の人が自分達の力で村の自然を守る方法を現地の人の目線で考えることだったんだ。それは政策提言でもなく、現地のきまりをつくるための材料集めをするんだということ。そんじゃそこらの調査者にはできないスタンスで研究をすすめるんだという貪欲さがいつの間にか薄れ、そこらへんにもいる調査者になっていました。


こんな私を知り合って4年目を迎える大山羊さんと大魔神は見抜いていたんでしょうね。私に「で、この研究の目的は政策提言?それとも住民に教えてあげるため?」と大山羊さんが聞いてきました。
私は、「政策提言です」とずばり答えたんです。
ども、ねぎです。



ハカセが昨日、いいことを書いてくれたので今日はその続き&映画の紹介をしたいと思う。



ねぎはいつもこう考えている。



「古きよき文化を残すべきか、新しい文明を取り入れるべきか」これは人類永遠のテーマだ


人間は自然の恵みで生かされている。でも同じその人間が自然を壊しているのも確か。。。人間ってげんきんな生き物だ。

自然を守ろうとする人もいれば、自然を壊そうとしている人もいる。。。人間って不思議な生き物だ。



人間はいつもより上を見ながら、よりよいものを求めて生きていく生き物だ。

大昔、まだ自然がたくさんあった頃から人は、常によりよいものを求めて生きてきた。その結果、今人間は残された自然の少なさに、自分たちの無力さを感じずにはいられない。あまりに無力すぎる。



では、よりよいものを求めなければよかったのだろうか?



いや、そうでもない。

今私たちが何不自由なく生活しているのは、、、

例えば毎日(?)キンキンに冷えたビールを飲めるのは、

例えば何日も溜めた洗濯物を洗濯機でいっきに洗えてしまえるのは、、、

例えば日本からホルチン砂漠まで半日で移動できてしまうのは、、、

全て人間が発明した文明のおかげだろう。

去年ハカセと3分場で子供が熱でひきつけを起こしてぐったりしているところに居合わせたことがある。その時馬車が出てきた。これで医者に連れて行くというのか?何キロ離れてると思うんだ、途中で死んでしまったらどうするんだ。バイクや車があれば生存率は確実に高くなるのに。そう、文明さえ入っていれば大切な命だって救えるのだ。



でもバイクや車は、自然を破壊する代物だ・・・

でも・・・



永遠に解けない問題だ。
続きを読む
ハカセです。

日本の山菜・キノコとりが衰退している今日この頃、みなさんその事実知っていましたか?道の駅やスーパーでは置いてありますが、自家消費用としての利用は、激減しております。いわゆる里山の衰退というやつです。


キノコ・山菜取りって、侮れないですよ。高度経済成長以前、里山が生きていた頃は、山菜・キノコとりは、自宅の食卓を彩る大切な食料でした。そのため、山村では自家消費用としての山菜・キノコとりが盛んに行われていたのです。つまり、隣の家も、その隣の家もどの家も山菜をとっていたわけで、採集地は其々異なっており、その場所は、いわゆる秘密だったのです。だから、自分の家の採集地は血縁にしか伝承しないという具合で、秘密基地を教えることが文化の伝承になっていたのです。


ところが、行動経済成長以降、農村離れ、高齢化、山仕事の減少に伴い山菜・キノコ採りは廃れていったのです。つまり文化の伝承もそこでストップという訳です。この事態をまずいと思った人達が、山菜・気の小採りの重要性を訴えています。「日本の文化を守ろう」、「里山の生物多様性」とか。


この事態をみなさんは、どんな風に受け止めますか?文化が廃れていくことに悲しみを感じますか?


ガ●ウでも同じようなことがおこっている。それは、馬・馬車。経済成長の流れにのって、農村でもオートバイク・3輪車などが入ってきています。このままいけば、交通アクセスなど条件の恵まれた村では、馬・馬車の利用が減っていくと思います。馬の操り方を教えるのは、文化の伝承に値するものであると思います。馬が減ったら、文化も廃れるわ、排気ガスの排出が増えて温暖化に拍車がかかります。
さて、この事態をどう受け止めますか?


私は、「こういう時代もあったな」と忘れなければ、文化が廃れても仕方ないと思っています。「こういう時代もあったな」と思える人がいなくなるのは、それこそ文化が消滅してしまうので、その思いを伝承できる何かがあればいいのだと思う。多くの場合、なくなってからそのよさに気がつくのだと思うけど、
なぜ今日、こんなことを述べたかというと、ゼミでこんな話題が出たからです。20代前半の者が議論するには、限界もあります。私達がしらない昔のよき姿を知っている人はどうな思いを抱くのかなぁ?と思って載せてみました。
ハカセです。

6月23日、30日にM大学で小さい先生を終わらせてきました。
とにかく、砂漠化地域の人々がどのような生活をしているのかをわかりやすく、そして興味深く聞いてもらうために力を尽くしてまいりました。


私の担当した学生は、大学院1年生20名。日本人が12名、中国及び他国の留学生が8名でした。約1名を除き、砂漠化地域へは行ったことがない学生だらけ。砂漠化なんて、縁もない都会育ちの方々。さて、彼らにどうやったら、現地の状況を伝えられるんだろう?その答えを出すのに3週間もかかりましたわ。まだまだダメですな。


そこで、私が用意したのはねぎちゃんからもらった3枚のDVD。第2分場から第3分場へ向かう道のりを撮影したもの、私とねぎちゃんのトンラガ家でおこなわれた送別会の模様を写した2本。これを使って現地の生活や自然状態を説明してみた。
それと、2004年、2005年で撮り溜めた膨大なる画像の中から、よりすぐりを40枚ほどと、これまでの研究で得られた地元住民の生活実態の分析結果を表したスライド10枚、現地の衛生画像を駆使して1時間半の講義をつくりましたわ。


講義を始める前に、私の自己紹介をしようとスライドに学歴を書いてばっちり決めたのですが、恩師であるY教授が私の紹介のときに全て話してしまったので、話すことがなくなりました。あっはっは~(苦笑)
どうしよう!!!と困っていると、とある学生から
「ハカセさんはなぜ内モンゴルだったのですか?」
とのナイスな質問が飛んできました。


と、いうわけでのっけから思い出を語ることになりましたが、そのおかげでみなさん私に興味を持ってくれたようで、良かったわ。ナイスキラーパスでした。



さて、気を取り直して講義スタート、しかし、私は聞かせるだけの講義はやりたくなかったのです。というわけで、はじめっから質問をしてみた。
「砂漠化地域に住む人達の生活ってどんなイメージがありますか?」
と、みんな困った顔して私から顔をそらしましたが、そらした人に当てるつもりは無いので、目を輝かしている学生に当てました。
すると、
1、「外に出ないイメージ」
2、「木がなくて、生活が大変そう」
3、「食べるものが少なそう」
という回答が得られました。なぁ~んてナイスな回答だろう♪講義にはそのイメージを明確にするプログラムがきちんと用意されていたので、私としては「しめしめ」というかんじでありました。


じゃんじゃん話をして、1時間半後があっという間に過ぎました。そして、もう一度最後に、「講義を聴いて、改めてどんなイメージをもちましたか?」と、聞いたところ
1、「中国の農村には意外と緑が多かった」
との答えが返ってきました。


その回答をもらい、今回の講義のねらいを話しました。
「今日は、地元住民の生活実態について紹介しました。中国以外でも砂漠化した地域には同じように地元住民が彼らの生活を支えるために今日も生きています。そして、そんな彼らを支援する人達も必死で毎日を暮らしていますが、その活動が全て正しいとはいえません。みなさんの中には、生活者の生活を左右するような仕事をする人もいると思います。その時は、是非生活者の立場になって「何が必要なのか」を考えてみてください。」と。


「私は、内モンゴルに入る前に、きっと地元住民は緑化を受け入れてくれていると思い込んでいました。が、緑化に対して地元住民があまり好意的ではないということがわかりました。それは大きなショックでした。ただ、もしも地元住民の立場に立ってみたら、そんなに大きなショックにはならなかったと思います。開発をされる側、そしてする側、それぞれの考えがあります。その考えが一つにならなければ実は何もうまくいかないのかもしれないと思っている今日この頃です。以上で終わります。」と締めくくると、
みなさまから、大きな拍手をもらいました。うれしい拍手でした。今までもらった拍手の中で、一番照れくさいと感じることができた拍手でした。



30日は、ワークショップを開きました。私のファシリテーターっぷりはかなり板についてきていて、ホルチンでなかった余裕すら感じるようになりました。ワークショップ



さすが、大学院生とあり発表から考えることまでばっちり☆でも、少し考えに遊びを引き出すことができなかったので、やり方をちょっと考える必要有りだなと思いました。が、かなりの出来でした。


こんなかんじで、私の最初で最後の講義が終わりました。人に教えるというより、学生と一緒になって考える講義が出来たことに満足感と、またやりたいなという思いがふつふつと沸いて来ました。というわけで、将来ハカセは、人に教える(一緒に考える)立場になることにしました。形はなんであれ(もう決まっていますが)、チャレンジします。一風変った先生になりたいです(学校の先生ではない)。


講義が全て終わり、恩師の研究室へ行きました。恩師は机からなにやら封筒を取り出してきて、「私の講義を2回もやってくれてありがとう、これお礼ね。」と謝礼をくれました。今までいろんなアルバイトをしてきたけど、こんな風に自分の働きを正当に評価してお金をいただいたことはなかったので、ものすごく嬉しかった。ほんとうに嬉しくて、この謝礼は使えないと思い、気が済むまで自分の見えるところに飾っておくことにしました。


いやぁ~今日は長く書きましたねぇ~。みなさん、ここまでたどり着いたかなぁ?
あと、9ヶ月で私の研究人生が終わります。終わる前に自分のもつ多くのことを後輩に伝えることが出来て、本当に良かったと心から思えます。
居眠りしていたのは、4人くらい。これも上出来ですな(笑)あっぱれあっぱれ!!

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