緑茶化ネットワーク★裏ホームページ
りょくちゃ~ずの愉快痛快な生活ぶりを人知れず公開。
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ハカセです。

日本の山菜・キノコとりが衰退している今日この頃、みなさんその事実知っていましたか?道の駅やスーパーでは置いてありますが、自家消費用としての利用は、激減しております。いわゆる里山の衰退というやつです。


キノコ・山菜取りって、侮れないですよ。高度経済成長以前、里山が生きていた頃は、山菜・キノコとりは、自宅の食卓を彩る大切な食料でした。そのため、山村では自家消費用としての山菜・キノコとりが盛んに行われていたのです。つまり、隣の家も、その隣の家もどの家も山菜をとっていたわけで、採集地は其々異なっており、その場所は、いわゆる秘密だったのです。だから、自分の家の採集地は血縁にしか伝承しないという具合で、秘密基地を教えることが文化の伝承になっていたのです。


ところが、行動経済成長以降、農村離れ、高齢化、山仕事の減少に伴い山菜・キノコ採りは廃れていったのです。つまり文化の伝承もそこでストップという訳です。この事態をまずいと思った人達が、山菜・気の小採りの重要性を訴えています。「日本の文化を守ろう」、「里山の生物多様性」とか。


この事態をみなさんは、どんな風に受け止めますか?文化が廃れていくことに悲しみを感じますか?


ガ●ウでも同じようなことがおこっている。それは、馬・馬車。経済成長の流れにのって、農村でもオートバイク・3輪車などが入ってきています。このままいけば、交通アクセスなど条件の恵まれた村では、馬・馬車の利用が減っていくと思います。馬の操り方を教えるのは、文化の伝承に値するものであると思います。馬が減ったら、文化も廃れるわ、排気ガスの排出が増えて温暖化に拍車がかかります。
さて、この事態をどう受け止めますか?


私は、「こういう時代もあったな」と忘れなければ、文化が廃れても仕方ないと思っています。「こういう時代もあったな」と思える人がいなくなるのは、それこそ文化が消滅してしまうので、その思いを伝承できる何かがあればいいのだと思う。多くの場合、なくなってからそのよさに気がつくのだと思うけど、
なぜ今日、こんなことを述べたかというと、ゼミでこんな話題が出たからです。20代前半の者が議論するには、限界もあります。私達がしらない昔のよき姿を知っている人はどうな思いを抱くのかなぁ?と思って載せてみました。
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