緑茶化ネットワーク★裏ホームページ
りょくちゃ~ずの愉快痛快な生活ぶりを人知れず公開。
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あけましておめでとうございます。

ねぎでございます。



12月11日はついに瓦房最終日でトンラガ家からお別れ会のお誘いがかかっていた。

いつもどおり朝8時40分カンヂカ発のバスに乗った。このバスともこれでお別れだ。ハカセと最後にタンフール(サンザシを飴でコーティングしたもの)を買った。タンフールを初めて食べたのは10年前だったが、その時は美味しいとは思わなかったのでそれ以来食べていなかったが、ここに来てまた食べてみたら意外と美味しいことに気付いて瓦房までのバスの中でよくハカセと買って食べていた。そんな日々もこれで終わりだ。



瓦房でバスを降り、前日にお世話になったちょっと大きめの1元タクシーが待っててくれ、そのまま3分場のトンラガ家まで向かった。トンラガ家に着くと、娘美英や南管理チームのウルンタナが料理を作っていた。同じく南管理チームの韓雨や新村のセルゲレンも来ていた。ママは親戚の結婚式準備で忙しく不在だった。息子たちも農作業のアルバイトに出ていて不在だったのが残念だ。お昼まで少し時間があったので、お世話になった方々の家にお別れの挨拶をしに行った。

まず最初に元校長先生の家。次にじいちゃんち。その次に「え~い」のじいちゃんち(でも不在)。その次に商店を回った。

最初は「明日帰る」という実感が沸かず、いつも通り家に行くと校長先生ご夫妻もいつも通りに出迎えてくれた。いつも通り何気ない会話をし、それでは今年はたくさんの想い出をありがとうございました、というところで急に胸が苦しくなりあれよあれよと言う間に涙が溢れてきた。次のじいちゃんちも同じだった。挨拶の時にやはり窒息するかと思うくらい胸が詰まった。そして皆共通して「泣くな。お前は家族と同じだ。いつでも戻ってきなさい。」と言ってくれる。その言葉を聞くと更に涙が出てくる。もうダメだ。校長先生も泣いていた。ばあちゃんも泣いていた。みんなしわしわでがさがさな手で涙を拭いてくれた。手のしわにはそれまでの人生の苦労が刻まれているようだった。校長先生の家、じいちゃんの家と泣きまくり、「え~い」のじいちゃんが不在、商店のおばちゃんはいつもよりも言葉少なげだった。ねぎの目がETのように腫れ上がっていたから引いたのだろうか・・・。商店のおばちゃんの家では涙をこらえたが、おばちゃんと別れた後にやはり号泣してしまった。

校長先生の家 じいちゃんばあちゃんとの別れ

そして真っ赤な目でトンラガ家に戻った。既にテーブルには炒め物、韓雨の捕まえた雉の煮物が数品並んでいた。私たちを待っていたとばかりにすぐにいつもの白酒で乾杯をした。このお酒もこれで飲み納めだ。この日はどんなに飲んでも酔わない気がした。みんなも盛り上がってきた。そしてここでもやはり歌を歌おう!ということになった。

1番打者は「ハカセ&ねぎ」コンビだ。前日にジョナムラ家でも歌った「朋友(友達)」を歌った。ジャンウェイは2回も私たちの歌を聞くことができラッキーだ。そして順調に歌っていたが「友よ、一生一緒に歩もう、こんな日は二度とない・・・」という歌詞のところで、またもや窒息しそうになった。胸が詰まるわ、涙は出るわでねぎは歌えなくなった。ハカセのソロとねぎの涙で演出としてはなかなかのものだった。(いや、演出で泣いたわけではないが・・・)歌い終わりふとウルンタナを見ると、ウルンタナまで泣いていた。やはり演出成功!(いや、そんなこと考える余裕はなかったんだってば・・・)

トンラガバーバと泣いていたウルンタナにも2,3曲くらい歌ってもらった。トンラガバーバは村一番の歌名人、ウルンタナも独特の美声でとても聞き惚れた。そしてジャンウェイにも歌わせた。ジャンウェイは「小微」という歌を熱唱し、格好良くキメていた。こうなったら1人1曲だ!ということで韓雨にも歌わせようとしたが、歌だけはダメだ!ということで韓雨は失敗だった。セルゲレンは恥ずかしそうに1曲途中まで歌ってもらった。

トンラガ家のお別れ会 ウルンタナの歌


1つ気付いたのだが、現地の人はカメラの前で歌を歌うとき、必ずカメラ目線で歌ってくれる。ビデオカメラには慣れていないと思ったが、ビデオカメラに臆することなく、ちゃんとカメラを見て歌ってくれるのだ。これは意外だった。

そして白羽の矢は料理長にも向けられた。すると料理長はニット帽をかぶり、ロングのダウンコートを着だした。え?帰っちゃうの?ちょっと待ってよ、ずるいよ。と思ったが、なんとそれは料理長の衣装だったのだ!そして料理長は美空ひばりの「川の流れのように」を歌った。それはそれはオペラ歌手のような素晴らしい発声だった。しかも歌詞を独自に作り変えてるし。これには感服。

質素だがここでしか食べられない美味しい料理を囲み、みんなが歌を歌う。こんな幸せって日本ではないよなー。どんな高級料理店に行っても手に入れることのできない思いを手に入れることができた。本当に楽しかった。このまま時が止まればいいと本気で思った。



食事を終え、さっきいなかった「え~い」のじいちゃんの家にお別れの挨拶をした。じいちゃん、相変わらずマイペースで私たちを引き止める。時間がないんだってば、と言ってもいいからお茶を飲んでいきなさいと。。。断りきれず素直に従う私たち。さっさと出されたお茶を飲み、挨拶を済ませ失礼した。ここではなぜか涙はでなかった。出会ったのが遅かったからだろうか。もっとこのじいちゃんと話したかった。

次にアルタマ家、ジョナムラ家に最後の挨拶をした。アルタマ家ではマーマが道中に食べなさいとひまわりの種をくれた。日本に持って帰り家族で食べると言い、受け取った。そしてロンタンはいつも手首につけていた金色のブレスレットをハカセとねぎに1つずつくれた。嬉しくて嬉しくてまたもや解禁。無口なロンタンだったがそのブレスレットにロンタンの思い全てが込められていたような気がした。お別れして家を出てもロンタンは最後まで私たちが見えなくなるまで見送ってくれた。ねぎも何度も何度も後を振り返った。

ジョナムラ家ではママがやはり親戚の結婚式準備で不在で、スイレン夫婦とバーバとのお別れだった。自分の妹同然のスイレンの笑顔を見るのも最後だと思うとそれだけで涙が溢れ、言葉が出なかった。3分場の中ではスイレンといた時間が一番長かった分、想い出がありすぎて本当に辛かった。そしてジョナ家をあとにしてトンラガ家に戻るとマーマがいた。そしてマーマともお別れをするとマーマも泣いてしまった。その涙を見たねぎもまた涙した。そして涙を凍らせながら1元タクシーに乗り、2分場に行くとシンウェイと妹が待っていてくれた。シンウェイたちとの別れでもまた・・・。シンウェイの目からも涙が溢れていた。シンウェイと妹から手袋をもらった。これも嬉しいプレゼントだった。そしてついに瓦房を去った。



この日は何敗しただろうか。。。泣かなかったのは「え~い」のじいちゃんだけだ。あとは全敗。ねぎは本当に別れが苦手だ。これは日本でも克服できなかったことだが、ここでもついに克服できなかった。克服できないどころか、ますます苦手になってしまったようだ。



カンヂカに戻るとなんと料理の苦手な大山羊さんが火鍋の準備をして待っていてくれた。驚いた、あの大山羊さんが1人で私たちのためにがんばってくれたのだ。本当に嬉しかった。そしてスタッフ&ボランティアーズ最後の晩餐会を行った。お昼もいっぱい食べ飲んだが、夜もいっぱい飲み食べた。11時頃まで語り合っただろうか。その後サウナ屋さんに行こうということになり、最後のシャワーをしに行った。最後の汗を流し、そのままカンヂカ最後のマッサージに行った。料理長&大山羊さんプレゼンツで足マッサージ&美顔&全身のフルコースを堪能させていただいた。夜も2時をまわり、足マッサージの途中で眠ってしまい、料理長に寝息を聞かれてしまったようだ。はずかしや~・・・



そして思い残すことはないくらい感動の1日を終えた。こんなに感動いっぱい胸いっぱいの1日は今までかつて体験したことがなかった。涙と想い出は永遠に不滅だ。それをくれた全ての人に感謝したい。そしてまたいつの日か、彼らに会いに行きたい。
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ねぎちゃん、一年間ご苦労様でした。緑化隊にいつも問いかける言葉があります。「現地を知って、帰国した後あなたは何をすることができますか?」その言葉を最後にねぎちゃんに送ります。あなたは8ヶ月間現地に滞在して何ができますか?是非、よく考えてください。ねぎちゃんは、緑化隊のように短い期間ではなく長期間現地にいました。また、ボランティアでは味わえないことをたくさんしました。そんなあなたができることってなんだろうと私は考えます。

今年はどんな一年になるんだろう。きっといい一年になるんだろうな
【2006/01/03 13:58】 URL | ハカセ #-[ 編集]

コメント、だーいぶ遅くなったけどごめんね。これは簡単に答えることはできない問題だと思うからなかなかコメントできなかったの。でもね、ずっと私の心の中に残って、今でも考え続けています。ただ、今一つ言うことができるのは、誰よりも現地の人を応援しているということ。上海で生活していて彼らのことを考えない日はないということ。具体的に何ができるかと言われたら正直何もできないけど、私は精神的な面で彼らの力になりたい。これは短期ボランティアではなく長期ボランティアとして滞在した私にできることの一つだと思うから。彼らのことを思い続け、彼らが私のことを思ってくれている限り、私はどんなに遠くにいても会いに行きたいと思う。これがこれからの私のボランティア。
【2008/05/08 23:31】 URL | ねぎ #-[ 編集]













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