緑茶化ネットワーク★裏ホームページ
りょくちゃ~ずの愉快痛快な生活ぶりを人知れず公開。
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どうもどうも。遊びまくりのねぎ姉です。

先日、従妹&友達と8時間もカラオケをしてしまいました。家に着いたのは明け方4時でした。



さて、先日の続き、列車ですっかり眠ってしまい、目が覚めたのは7時ごろ、あと1時間で北京に到着というところだ。同じコンパートメントには北京で結婚式の写真撮影を勉強に行くという若夫婦が乗っていた。夫の方は日本人の親戚がいるということでとても親日的だった。しばらくお話しているうちに北京に到着。



北京に着いてハカセとねぎの第一声は「寒くなーい!」だった。

カンヂカではマスクをしていなければ寒さで顔がチクチク突き刺さるように痛かったが、マスクなしで北京に降り立っても顔が痛くなかったのである。その後もハカセと「顔が痛くないねー」と、のん気にこの暖かさを喜んでいた。翌日えっらい目に遭うことも露知らず。。。
北京駅からはタクシーでねぎのよく泊まっている「侶松園賓館」というホテルに行った。このホテルは胡同(下町)のとても落ち着いたたたずまいの中にあり、北京の伝統的な四合院作りでできていて、ホテル全体がテーマパークみたいなのだ。しかも北京随一の繁華街である王府井までバスで10分と立地条件もいい。ねぎはその昔このホテルの近くにある「中央戯劇学院」という演劇専門の大学に短期の語学留学をしたことがあり(演劇を勉強したわけではない)、その時にこのホテルを知ったのだ。このホテル1泊シングルで260元、お金のない人のためにドミトリーもあり1ベッド60元(オンシーズンは70元)と比較的安め。もちろんハカセとねぎは貧乏コンビなのでドミに泊まった。ドミは3人部屋だがハカセとねぎの2人だけしか客がいなかったので、ほぼ占領状態。地下にあるため窓がない密室だ。朝になっても明かりが入らないため、うっかりすると昼間で寝てしまいそうになる。まるでモグラのようだ。



荷物を部屋に置いて少し休憩し、その後ねぎの知人の家に行った。知人自身は日本にいるのだが、北京におばあちゃんがいるのだ。ねぎもおばあちゃんが大好きで、おばあちゃんもねぎのことを孫のように可愛がってくれている。このおばあちゃんは86歳(?)で文化大革命の老幹部という中国国内で何人もいないとても貴重なお方なのだ。ねぎがおばあちゃんの家に行くということで知人の妹さんも来てくれた。とても優しい方だ。知人宅でおばあちゃんと妹さん、お手伝いさんと一緒にお昼を食べさせてもらった。おばあちゃんはお昼を食べた後、部屋の中の5mくらいの距離を行ったり来たり運動をしてからお昼寝をするのが日課だ。これが長生きの秘訣なのだろう。おばあちゃんがお昼寝になり、ねぎたちもおいとまをして、今度は景山公園に散歩に行った。



景山公園はねぎのお気に入りの場所。公園に入り小高い丘の上にある東屋に行くと後ろの正面から故宮を一望できるのだ。正式ルートで東屋へ行くのもよいが、一直線で山登り風に行くのもいいと思い、ズンズン険しい道を登っていった。途中で工事中になり、行き止まりになってしまった。ハカセはだいぶお怒りのようだった。機嫌を取り直して正式ルートに戻り東屋へ。。。しかし正式ルートに戻ったはずなのに頂上の東屋に行く道が行き止まりになっている。どうしたことだろう。工事のおっちゃんに聞いてみるとどうやら頂上の東屋は工事をしていて行くことができないらしく、代わりに隣の少し下がった東屋に行けと言われた。えぇーー、せっかく楽しみにして来たのにがっかり。仕方なくもう1つの東屋へ行った。天気が良かったので故宮のその先にある人民大会堂や博物館も見えたが、後ろの正面ではなかったのが残念だった。

景山公園で

しかし、中国の公園にはいろんな人がいる。道端でラジオを聴きながら何をしているか分からないおじさん、ジャージ姿で東屋までの階段を駆け上がっている若者、ストレッチ体操をしているおばさん、などなど。ラジオのおじさんの前を通り過ぎると突然「今何時?」って聞かれたり。完全に現地人化しているハカセとねぎだった。



景山公園をあとにして、昔から北京で最も地元民、外国人で賑わっている王府井へ行った。今では歩行者天国になりすっかり高級(っぽい)ショッピングモールと化しているが、その昔は人、バス、車、自転車が行き来していて結構ごちゃごちゃしていたのだ。あの頃のことを考えると信じられないくらいの変貌振りだ。発展したんだな、北京も。内蒙古の田舎から出てきたハカセとねぎは王府井のバブリーな雰囲気に圧倒されながら散歩した。新東安市場の地下にある老北京一条街(だったかな?)というちょっとした中国のみやげ物が売っている一角に入った。日本の中華街みたいな感じだ(というか中国なんだけどね)。そこでハカセはねぎは七宝焼きの携帯ストラップを購入。だが値段はもちろん交渉。店のおばちゃんは4つで10元というが、2人で8つ買うから負けてくれ、と言ってもなかなか応じない。とても愛想の悪いおばちゃんで絶対に笑顔を見せなかった。ここがカンヂカなら負けなくても笑顔はあるだろう。さすが北京だ、商売魂は筋金入りだ。でも交渉を粘っているうちに負ける負けない関わらず、とにかくこのおばちゃんを笑わせたいと思うようになった。そこで「おばちゃんキレイですねー」と言ってみた。いや、歳の割には結構キレイだったのよ、これホント。すると、ガムを噛んでいた口元が一瞬緩んだ。「よし!笑ったぞ」と思ったのも束の間、おばちゃんも「しまった!」と思ったのかすぐに険しい顔に戻ってしまった。結局負けてはくれず、20元を払って交渉は幕を閉じた。
今度あのおばちゃんに出会ったらもう少し長く笑わせたいな。


夜ご飯は天津で有名な「狗不理包子」という包子屋さんで、三鮮包子とお粥、漬物のセットを食べた。混んでいて三鮮包子が少しさめていたのが頂けなかったが、味は美味しかった。

JVC発見!
散策中にJVC発見!

その後スーパーで朝御飯を買ってホテルに戻った。ホテルに戻るとハカセは相当疲れたのかそのままベッドに倒れこみ、靴も脱がずに寝てしまった。

おい、寝ちゃったよ・・・・
寝ちゃったよ・・・




2日目。この日は朝から毛沢東紀念堂に行った。中華人民共和国建国の父である毛沢東さんのご遺体が展示されているのだ。荷物さえ12元くらいで預ければ、入館料は特になく、人がたくさん並んでいるが中での拝観中立ち止まってはいけないので、割とすぐ入れる。客層は老若男女様々だ。でも圧倒的にハカセとねぎも含む地方からのおのぼりさんが多いだろうか。拳銃を携えた衛兵が門を守る厳かな雰囲気の中、いざ毛沢東さんとご対面。良し悪し問わずどれだけの伝説を持つ人か知ってはいるが、これといって感動はなかった。どちらかというと「え?これ本当なの?」っていう感じだ。批判はしないが、もし北京に行く機会があったらぜひ見に行って感想を教えて欲しいな。もしくはどなたかご覧になった方がいたらぜひ感想をお待ちしています。



毛沢東さんとお別れし、ハカセが待ち望んでいた故宮に行った。ハカセちゃんは一応内蒙古●業大学の学生ということで、期限切れのなんちゃって学生証を持っており、延期の手続きしてるんだよって「ねぎが交渉」(←強調)してなんと半額で入れることになったの。「交渉したねぎ」(←強調)自身は定価で入ったのに。感謝しろよ、ハカセ。

それにしても8年ぶり3度目の故宮。まさかもう一度来ることになろうとは。故宮はとにかく広い。ハカセはその全てをゆっくりと見たいということだった。最初はまあ3時間もかければ充分かな、と思った。が、見ているうちにどんどん時間は過ぎていく。一つ一つ、本当に一つ一つ、ゆっくりと見ていた。故宮の東西の建物では●●展という催し物があって、それも一つ一つ見ていった。あっという間にかる~く3時間は過ぎていった。そしてどんどん風が強くなり、体が芯から冷えていった。なぜか故宮の中は風が強いのだ。さすがに風が吹くと露出している顔も突き刺さるように痛くなる。もうダメ、我慢の限界。だんだんねぎはいらいらしてきた。ハカセもそんなねぎの心境を悟ったのか、「これは見なくていいや。」と言ってくれるようになった。ごめんよハカセ。今度はもっとガイドブックを片手に持てるような暖かい時にラストエンペラーを予習してから来ようね。

故宮を出るとき、北門にスターバックスができているのを発見した。噂には聞いていたが、呼吸にスタバねえ。景観的にどうなのよ。外国人観光客相手の商売にはもってこいだけどさ。なんて批判していたねぎだったが、体が冷えたこともあってコーヒーでも飲む?ってハカセに言われ、ちょっと心が傾いた。でも値段が気になるわ。ハカセととりあえず値段を見に店に入った。一番安いコーヒー1杯で18元?高い!高すぎる!!!豆腐脳が18杯食べれる。即座に玉砕した。また今度、お金がたまったらね。しょんぼりしながら故宮を出た。

故宮にて
ねぎ、あまりの寒さに故宮を出る直前にキレる


故宮から前門に行った。前門で夕方、ねぎが6月に雲南省に行った時にドミで知り合ったバックパッカーの人と待ち合わせていたのだ。彼は今北京の語学学校で中国語のお勉強をしている。ねぎが帰国の時に北京を経由するのでぜひ会おうということになっていた。彼との待ち合わせまで、ハカセのお兄ちゃんのお土産(漬物)を買いに行った。北京で知らない人はいない「六必居」という漬物の老舗の本店が前門にあるのだ。ハカセは3種類くらいの漬物を買っていた。あれ美味しかったのかなぁ?感想聞かせてね。

漬物を買い終え、約束の時間までまだ少しあるので永和大王という台湾系列の中華ファーストフード店に入り、暖かい豆乳を飲んだ。冷え切ったからだがやっと解凍された瞬間だった。やっぱ豆乳っておいしいよね!



そしてやっと待ち合わせの時間。待ち合わせの場所前門のマックの前で彼は待っていた。どうやら6月に会ってから髪を切っていないらしくロンゲになっていた。まあロンゲもなかなか様になっていた。近くの安い店でご飯を食べることになった。さすが元バックパッカー、節約家だ。ハカセちゃんは7月に一時帰国する時にゲーリーとねぎと3人で入った美味しい小龍包屋さんに行きたかったらしいが、ごめんね。またいつか連れてってあげるさ。でも入ったお店は小さくて小汚い感じだったけど、まあまあ美味しかった。楽しいひと時は終わり、彼ともさよならをした。その後ハカセと夜の前門を再び散策してホテルに戻った。

この日はさすがにねぎも疲れ果て、部屋に着くや否やベッドに倒れこみ寝入ってしまった。



3日目、滞在最終日。この8ヶ月間の集大成とも言える日であり、この日を飾るにふさわしい人との再会の日であった。そう、ねぎの大好きな北京林業大学の王賢先生との再会だ!9月にバーダイフの通う大学の隊と林業大の学生の合同隊が来たが、その時に先生と知り合った。先生はいつも私たちボランティアーズのことを気にかけてくれた。ねぎはそんな先生としゃべるのが大好きだった。この日実は先生と頤和園に行く予定だったが、ねぎたちがホテルを出るのが遅くなってしまい、ハカセとねぎ2人で胡同を散歩するか、先生と3人で頤和園に行くかを迫られ、胡同散歩を取ってしまったのだ。ホテルを出て后海あたりの胡同を散歩した。北京オリンピックに向け、この胡同も取り壊されたり、改修工事されたりしている。后海の周りは昔は何もなく、市場が立ったりして地元の人たちの生活の香りが漂っていたが、今は観光客相手の喫茶店などがびっしりと立ち並んでいる。ねぎが見た10年前の古い町並みの面影はすっかりなくなってしまっていた。発展を喜ぶべきか、面影の消滅を悲しむべきか。10年前のことを知っていると、自分の思いでも消えてしまいそうでやっぱり悲しくなる。

ハカセ、餅に食らいつく
ハカセ、餅に食らいつく

寒中水泳してるし・・・
こんな寒空の下、寒中水泳をしてました




道に迷いながら王賢先生との約束の時間よりも1時間も遅く林業大学に到着した。先生、夏はピカソのようにボーダーのTシャツだったが、この日は赤いジャケットで登場した。Tシャツではなかったので近くに来るまで先生の存在を認識できなかった。先生と先生の研究室に行った。すると9月に来た学生さんたちがハカセとねぎが来たと聞きつけてどんどん集まって来てくれた。メガネ君もいた。うれしい!たった1週間くらいの交流しかなかったのに、みんなちゃんと覚えてくれた。先生はお茶を入れてくれ、お菓子を出してくれた。どうやら頤和園に行くために色々と準備をしていたようだ。その後先生とハカセはハカセの研究について永い時間話していた。もちろん通訳はねぎ。これは8ヶ月間の中で一番大変な通訳だった。もはや通訳とかの問題ではなく、先生をいかに納得させるかの問題だった。他の学生はねぎのなんちゃって通訳で分かってくれていたから。。。3時間くらい話していただろうか、やっと先生が「わかった、お前の研究は○×△□ということだな!」と勢いよく言った。すると学生「先生こんなに長い時間話してやっと分かったんですか?」と鋭い突込みが入りねぎも思わず苦笑。



その後先生と学生さんたちとみんなで大学内のレストランに夜ご飯を食べに行った。料理には北京ダックが出た。久々の北京ダック、美味しかったなー。他にも美味しい料理がいっぱいだった。私の隣にはメガネ君が座った。カンヂカのお別れ会の時も隣に座った。その時はあまりお酒は飲んでいなかったはずだが、この日は大きなグラスで白酒を飲んでいた。メガネ君は控えめで誠実な感じの子だ。普段は口数少ないが、お酒を飲んだからか色々話しかけてきてくれた。そして色々気を配ってくれた。その気の配り方にハカセもねぎもちょっと心がぐらっと来た。なんて優しいんだろう!しかもさり気ないところがまた女心をくすぐった。楽しい時間はあっという間に過ぎ、8時を回った。大学近くはもうそろそろバスがなくなるから、ということで帰ることにした。ねぎたちが大学の門を出るとすぐバスが来るのが見えた。慌てて道路を渡りバス停まで走った。みんなもバス停まで見送ってくれた。9月は先生とお別れする時泣いてしまったが、今度は慌しかったこともあり、そしていつかまた近いうちに会えそうな気がして、涙はでなかった。楽しさ、嬉しさで一杯だった。バスの中ではメガネ君の話で持ちきりだったのは言うまでもない。

林業大学のみなさんと
林業大学のみなさんと

4日目、帰国日。タクシーで空港まで向かい、無事チェックイン完了。そしてねぎは無事出国審査通過。ハカセは手こずったようだけどなんとか出国審査完了。最後に空港で瓦房のみんなに電話をして、ハカセとねぎは1時間差でそれぞれの飛行機に乗った。

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ねぎは1時半無事成田到着。荷物のターンテーブルを間違え20分くらい待ちぼうけ。係員さんに聞いたら「便名の下一桁が違います」と言われ、慌てて自分の乗った便のターンテーブルを探すと、どうやら荷物くんも待ちぼうけしていた。よかった、荷物がなくなったら8ヶ月の想い出が消えちゃうもの。その後2時50分発立川行きのバスに乗り6時帰宅。

その日の夜ご飯はねぎが一番食べたかった母の手料理「肉じゃが」だった。



ねぎが帰国して一番慣れなかったのはトイレかしら。トイレットペーパーをトイレに流すのに違和感があった。どうもゴミ箱を探してしまうのだ。1ヶ月経った今はもう慣れたけど。
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いやぁ~長い長い日記ご苦労様。よく覚えていたねぇ。最後にハカセもかばんと一緒でねぎちゃんを待ちぼうけしていたというつづりで落としてほしかったけどね。あの写真使うなよなぁ~。寝ているときは無防備なんだから、もうっ。でも、最後の北京は本当に楽しかったよ。また北京に行くことがあったら、絶対にねぎちゃんといきたいです。よろしくね
【2006/01/31 10:39】 URL | ハカセ #-[ 編集]
知らなかったんだもん
ハカセがかばんと一緒に待っていたなんて知らなかったから普通に椅子に腰掛けてバスを待ってたよ。その辺の待ちぼうけ日記はハカセが書いておくれ。
【2006/02/01 23:29】 URL | ねぎ #-[ 編集]

JVCの看板、でかい!!写真ありがとう!(笑)
故宮も頤和園も行きたかったけど、時間なくて行けなかったんだー。
七宝焼き等のストラップ、カンヂカだったら2元だよな~と思ったら、買う気なくなるよね。
お茶もそう。北京ではめちゃくちゃ高かった!
でもカンヂカまでお買い物に行くのは無理なので、あったかくなったらもう一度北京に
ショッピングに行こうかな♪
【2006/02/02 09:38】 URL | v #E6kBkVdo[ 編集]













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